神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…さぁ、前置きはここまでにしよう。

こんなつまらない仕事、「彼ら」との約束を破って、さっさと退散しても良いんだけど…。

「…ふふ」

蘇った死体の顔を見た、あのシルナ・エインリーの表情。

あれは面白かったよなぁ。

いつだってそうだよ。死体の顔を見た人間は。

死体が動くはずないって、思い込んでるが故の表情だ。

馬鹿だよなぁ…。

つまらない仕事だけど、あの顔が見られるなら、もうちょっと付き合ってあげても良いよ。

この死体も、復讐したくて堪らないみたいだしね。

だから僕は、深夜、再びイーニシュフェルト魔導学院に忍び込んだ。

「彼ら」の依頼を受けてからというもの、僕はしょっちゅう、この学院に忍び込んでいる。

と言っても、僕は校舎の中には入らない。

僕は少し離れた場所にいて、力の及ぶ範囲のぎりぎりの位置から、死体を操っているだけだ。

たまに人の気配を見つけたら、死体をけしかけて脅かしてきた。

幽霊でも見たかのように騒ぎ、驚き、怯えて逃げ出す人の様を見ると、思わず笑いが込み上げたものだ。

誰も彼も、たかが死体くらいで驚き過ぎなのだ。

皆そうだ。生きている人は皆。

動く死体を見て怯え、怖がり、逃げていく。

そんな力を使う僕を見て怯え、怖がり、逃げていく。

何が恐ろしいと言うのだ。

生きているときは、普通に話しかけ、普通に接していたのに。

何で命をなくした途端、化け物みたいに怖がるんだ。

僕には理解出来ない。

肉体に命が宿っているかどうかなんて、そんなに大事なことか?

…。

…まぁ良い。怖がりたいなら、勝手に怖がっていれば良い。

それより、この学院だ。

「さぁ、復讐の時だよ。行っておいで」

僕は傍らの死体に、そう呼びかけた。

イーニシュフェルトの里の族長である。

僕は校舎のグラウンドに植えてある、桜の木によじ登り。

木々の影に隠れながら、朽ちてボロボロになったその死体を操った。

…今夜はどうしようかな?

これまでは、校舎の中に侵入したり、見つけた人の前に姿を現して脅かしたりしてたけど…。

今夜は…そうだな。

もうシルナ・エインリーの前に、姿を見せたことだし。

これまでよりは、もっと大胆に動いても良いだろう。

校舎の窓とか、ドアを壊してみても良い。

あ、そうだ。

それとも、学生寮に侵入して生徒を脅かしてみようかな?

死体を見たときの、彼らの驚く顔を思い浮かべたら。

「…くふふ…」

面白そうじゃないか。やってみようか。

じゃ、まずは手始めに…。

校舎の窓を、派手に壊してやろう。

朝起きて学校に来て、壊された窓の残骸を見つけたら…皆怯えるだろうなぁ。

死体を操って、窓を壊させようとした、







…そのときだった。





「…見つけたぞ、この野郎」

「…!?」



突如、暗闇から声が聞こえ。

僕が足場にしていた桜の木の枝が、バキッ、と音を立てて折られた。
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