神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
これは想定外だった。

いくら聖水を用意しているとはいえ、この数は聞いてない。

ネクロマンサーが操れる死体の数は、精々20人弱だとシルナは言っていたんだが?

軽くその5倍くらいいるんだけど。どうなってるんだ?
 
「シルナ!聞いてた話と違うぞ…!」
 
「わ、私も…想定外だよ。まさか、こんなに大勢の死体を操ることの出来るネクロマンサーがいるなんて…!」

…世界ってのは、思ってるより広いもんだからな。

息をするように相手の心が読める、読心魔法使いもいることだし。 

100体くらいのゾンビ兵団を動かす、ネクロマンサーがいてもおかしくはない。

おかしくはないが、自分達がそれと戦わなきゃいけないとなると話は違う。

阿鼻叫喚とはこのことである。

とてもじゃないが、用意した聖水だけじゃ足りない。

何とか、物理的に破壊して止めるしかない。

「ちょっと、試してみる」

「令月?」

ポツリと呟いた令月は、両手に小太刀を握り締め、地面を蹴った。

次の瞬間には、令月ご自慢の小太刀によって、ゾンビの首を一刀両断。

ボトッ、と首だけが地面に落ちた。

これが普通の人間なら、首を落とされた辞典で即死だ。

…しかし。

俺達が今相手にしているのは、普通の人間ではない。

命を宿さない、ただの死体。

言うなれば、モノと同じなのだ。

従って。

「…っ!!」

令月に首を落とされてもなお、死体は倒れることさえなかった。

僅かによろめき、足元が覚束ない様子ではあったが…まだ立って、普通に歩いていた。

頭を落とされたってのに、「あれ?今何かしました?」状態である。

…地面に落っこちた生首の目が、ぎょろぎょろと動いていた。

まさに地獄絵図。

死体だって、もとは生きていたんだから。俺達と同じ人間だったんだから…と思いたくても、これじゃあ無理だな。

どう見ても、これはもう人間じゃない。

ネクロマンサーによって、道具のように扱われる…肉塊で出来た操り人形だ。

…死体となってもなお、こうしてネクロマンサーに好き勝手に操られるなんて。

死体達も不本意だろうに。

「…この野郎…ガキの癖に、調子に乗りやがって」

思わずそう悪態をつくと、ネクロマンサーは顔をしかめた。

「俺をガキって呼ぶの、やめてくれないかな?俺はガキじゃない」

ほう。生意気な。

ガキってのは、自分がガキだとは言わないもんだ。

そんなちっこい成りをして、よくガキじゃないなんて言えたな。

「俺はあんたらより年上なんだ。…一万年は生きてるからね」

「…は?」

当然、ネクロマンサーが年齢を教えてくれたと思ったら。

俺は思わず驚いて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
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