神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
その点、ネクロマンサーは気の毒である。

イレースと対峙しなければならないなんて。

でも、自業自得だからな。

自分から蜂の巣を突っつきまくって、女王蜂を怒らせてしまったんだから。

その分の報いは、しっかり受けてくれ。

「…消しなさい」

イレースは、背筋が凍るほど低い声で呟いた。

「え、え…?」

拳骨を食らった頭を押さえながら、ネクロマンサーは涙目で顔を上げた。

そりゃ泣くわ。

多分俺でも泣く。

「消しなさい。この死体共を」

と、イレースは100人ばかりのゾンビ集団を指差した。

「え、そ…それは…」

ネクロマンサーにとって、このゾンビ集団は唯一の武器である。

それを「消せ」と言われて、受け入れるはずがない。

…しかし。

「…消せと言ったのが、聞こえませんでしたか?」

じゃあ2発目を、と言わんばかりに拳を握るイレースに、ネクロマンサーはびくっ、と身体を震わせた。

「わ…分かったよ、け、消すよ…」

…びっくりするくらい素直。

俺達を襲っていたゾンビ、学生寮を襲撃しようとしていたゾンビも。

ボコボコと地面に沈み込むようにして、姿を消した。

…こんな簡単に消えるのかよ。

さっきまで、苦労して一体ずつ捌いていた俺達って…。

「…それで、何か言うことは?」

ゾンビ集団を消させてもなお、イレースの怒りは収まらなかった。

「…え?」

い、言うことって…?

「私に言うべきことがあるでしょう」

「…」

そんなこと言われても…みたいな顔で、ネクロマンサーは戸惑っていた。

俺も分かんなかった。言うべきことって何だ…。

「…ちっ。このクソガキは、全く躾がなってないようですね。親の顔が見てみたいとはこのことです」

「え、お、親って…。…見てみたいなら、親の死体、出そうか?」

親切だな。

しかし、イレースは。

「クソガキの親の顔なんか見て、どうなると言うんです。見せなくてよろしい」

吐き捨てるようにそう言った。

…お前が見たいって言ったんじゃん。

と思ったけど、口を挟んだら俺が殴られそうなので、やめておいた。

「謝罪です、謝罪。謝りなさい」

自分より遥かに歳上の相手に、イレースは仁王立ちでそう言った。

謝れって、お前…。

謝ってもらったところで、何がどうなるって訳じゃないが…。

…まぁ、あれか。

ある種の休戦協定にはなるか…?

いや、でも…。

人様の脳天に拳骨を食らわせておいて、「謝罪しろ」とは。

逆じゃね?と思ったけど…。

…やっぱり言わないでおいた。

悪いが、俺もまだ命が惜しいんでね。

女王蜂の怒りを買うと分かっていて、蜂の巣を刺激する気はない。
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