神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
生徒が授業で分からなかった箇所を質問に来て、シルナがそれを追い返すなんて、絶対に有り得ないことだった。

シルナに質問なんてしてみろ。

そりゃもう喜々として、いくらでも教えてくれるはずだ。

ついでにお茶とチョコレートを用意して、楽しい勉強会とばかりに、個別指導してくれる。

生徒が「分からない」と言って、シルナがそれを叱る姿なんて、これまで一度も見たことがない。

「分からない」と言われれば、「じゃあもう一回、1から教えるね」と、生徒が理解するまで、いくらでも時間をかけて教えている。

市販の教科書で間に合わないと判断すれば、生徒の理解度に合わせて、個別のテキストを作成することもしばしば。

イレースに負けず劣らずだな。

それほど教育熱心なシルナが。

この少女が質問しに来たのを、突き放したと言うのか?

「自分で考えろ」と?「甘えるな」と?

…そんな馬鹿な話があるか。

何かの間違いだ。

しかし、女子生徒が嘘をついているようには見えなかった。

大体、何でそんな嘘をつく必要がある?

彼女に、無意味な嘘をつく理由などないはずだ。

じゃあ、本当に…?

「本当に…そんなこと言ったのか?学院長先生が?自分で勉強しろって…?」

「はい…。すぐに教師を頼るのは甘えてるって…」

そう言われたのが余程ショックだったのか、女子生徒はしょんぼりとしてそう言った。

そりゃそんなこと言われたら、誰でも落ち込むわ。

勇気を出して質問したのに、「頼るな、甘えるな」と突き放されるなんて。

まさか。何でシルナがそんなこと…。

「…学院長先生が、そういうことを言うとは思えないんだが…」

「私も…そう思ってました。でも…私だけじゃないんです」

何だと?

「最近の学院長先生は、何だか人が変わったみたいだ、って…皆そう言ってます」

「…」

「私の友達が…放課後に何度か、学院長先生のお部屋で、お茶を御馳走になったことがあるらしくて。試験が終わったら、またお菓子をもらいに行っても良いですかって聞いたら…駄目だって」

…駄目?

「そんな甘やかしはもうしないから、来ちゃ駄目だって…そう言われたそうです。友達も…私も、びっくりしました…」

…俺も、びっくりしてるよ。

めちゃくちゃびっくりしてるよ。

シルナが…あのシルナが。

勉強目的であれ、お菓子目的であれ。来訪の理由など何でも良い。

自分のもとを訪ねてきた生徒を、冷たく追い返すなんて。

そんなことは、絶対に有り得ない。

…有り得ない、はずなのに。
< 55 / 634 >

この作品をシェア

pagetop