神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…まるで、昨日のことのように思い出せる。

もう何万年も前の話なのに、俺にとっては、まだ記憶に新しい気がする。

「…俺はそれなりに長いこと生きてきたが、自分が魔導師であることは、あまり明かさないようにしてたんだ」

「そういえば、そうだったね。羽久と初めて会ったときも、魔導師としてじゃなく…普通の人間の振りをしてたんだっけ?」

「あぁ」

あのときは、ルティス帝国っていうとある世界のとある国で、地下組織の頭目をやっていた。

そこに、新しい人格が目覚めた羽久…あのときはサナキって名前だったが…とにかく、俺のもとに迷い込んできたのだ。

それがきっかけで、俺は魔導師に戻り、こうしてルーデュニア聖王国で、魔導部隊の大隊長をやっている。

…10年前の自分にそう言ったら、多分驚いていただろうな。

俺は生まれながらの魔導師だが、魔導師として生きた歳月は、実はシルナ・エインリーほど長くない。

人生の半分以上は、魔導師という身分から離れて、魔法を使わず普通の人間として生きてきた。

魔法なんか使えたら、厄介事に巻き込まれるだけだからな。

下手に頼られたり、目をつけられたりするよりは…非力な一般人の振りをしていた方がマシだ。

そう思ったから、俺は魔導師であることを隠していた。

「ジュリスは魔法が嫌いなの?ちょっと前に事件になってた…魔導師は、遺跡ろんしゃ?って奴?」

「…魔導師排斥論者な」

魔導師は遺跡って、どういう意味だよそれは。

あと。

「別に俺は魔導師排斥論者じゃないし、魔法が嫌いな訳でもないよ」

「でも、魔導師であることを隠してたんでしょ?」

「まぁな…」

魔法を使えるメリットより、魔法が使えることによるデメリットが嫌だった。

俺が魔導師であることを隠したかったのは、それが理由だ。

…いや。

それは…どうなんだろうな。

今となって思えば…それは言い訳に過ぎないのかもしれない。

本当は…あのことを思い出すから…だから、無意識に魔法の使用を避け、非魔導師の振りをしていたのかも…。

…我ながら情けない奴だな。俺は。

「…ジュリス?どうしたの?」

黙り込んでいる俺に、ベリクリーデがこてんと首を傾げた。

「あぁ、済まん。ちょっと色々考えてた」

「大丈夫?」

「大丈夫だよ。…ベリクリーデ、お前、聖戦を知ってるな?」

言わずもがな、大昔に行われた神々の戦争のことだ。

二十音・グラスフィアの中にいる邪神と、ベリクリーデの中にいる聖なる神が、互いに争い。

イーニシュフェルトの里の賢者達を生贄に、シルナ・エインリーが邪神を封印することで終結した…。

あの忌まわしい、馬鹿らしい、下らない戦争。

あの頃の俺は、まだ…。

「…せいせん…。…先生…?」

おい。大丈夫かお前。

自分の中に聖なる神がいること、ちゃんと分かってるか?
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