神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…。

…いざ尋常に勝負、と言われてもな。

「悪いが、俺は剣を持ってないんだが」

「えっ、そうなのか?」

敵意丸出しだった娘は、拍子抜けみたいな顔をした。

「そうか…。じゃあ、一方的に斬り掛かるのは卑怯だな…」

と言って、剣を降ろしていた。

…素直な奴だよ。

相手が得物を持ってないと見るや、剣を降ろすのか。

「…はっ!」

「は?」

「でも、お前はこの村を狙う…斥候なんだろう!?」

「…はぁ?」

斥候って、何のことだよ?

俺のことか?

「武器を持たない相手に、一方的に斬り掛かるのは忍びない…。…でも!僕には、この村を守る義務がある!」

と、娘は高らかに宣言し。

再び、黒い刀身の剣を構えた。

…意味不明なんだが、ともかく俺は…この娘に、敵だと思われているようだな。

それはよく分かる。

そして、誤解も甚だしい。

「村の平和を守る為…僕はお前を斬る!」

そう言った途端、娘の両腕に、赤黒い蛇のような模様が浮かび上がった。

…何だ、あれは?

「…うっ、ぐっ…」

苦悶に顔をしかめた娘は、爆発的な魔力を放つ剣を、必死に握り締めていた。

この、禍々しい魔力…。

まるで聖戦のときのような…。

「はぁ、はぁ…。…さぁ、行くぞ。斬り捨て、御免!」

「え?」

剣の放つ禍々しい魔力に、一瞬怯んだ俺だったが。

その剣を振りかぶる娘の太刀筋は、素人そのもので。

ひょいっと身を滑らせるだけで、簡単に躱せた。

「ぐぬっ…!?避けるとは卑怯な!」

いや、俺だって生存本能があるからな。

そりゃ避けるだろ。

しかも、そんな大振りの一撃…当たると思ってるのか。

剣術もクソもない。子供がチャンバラで剣を振り回しているんじゃないんだぞ。

「覚悟!」

「お、おぉ?」

再び振りかぶった剣を、俺はスッと躱し。

避けたついでに、片足を前に出して、娘の靴に引っ掛けた。

「はぶっ!?」

気づかずに躓いて、娘は剣を持ったまま盛大にその場に転んだ。

「…」

「…きゅ〜…」

「…雑魚じゃん…」

立派な剣を持ってるから、どんな強敵かと思いきや。

クソ雑魚だったぞ。どうしてくれるんだ、さっきまでの緊張。
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