神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
さて、そうこうして、剣を返却。

すかさず斬り掛かってくるか…と思われたが。

律儀に約束を守っているのか、それとも実力差を理解しているのか、斬り掛かってこなかった。

意外と素直なんだな。

それどころか。

「くっ…。なんてことだ。この私が、よもや遅れを取ろうとは…!一生の不覚…!」

めちゃくちゃ悔しがっていた。

何だか申し訳なくなってくるな。だからといって斬られてやる義理はないが。

「…かくなる上は」

おっ?

剣を持った娘は、覚悟を決めた眼差しになった。

やっぱり斬り掛かってくるか、と一瞬身構えたが。

そんなことはなかった。

娘は俺に斬り掛かる代わりに、その場に両膝を付き、両手を揃えて頭を下げた。

…所謂、土下座という奴である。

いきなり土下座されて、びびった。

何をやってるんだ、この女。

「済まない。どうか…見逃してはくれまいか」

そして、そんな意味不明なことを言った。

…見逃す…?

「我らが奇妙に見えるのは分かる。しかし、我らは元より無害なのだ。人々を傷つけたり、暮らしを脅かすような真似は決してしない。僕の…この『魔剣ティルフィング』に誓って」

「…『魔剣ティルフィング』…?」

俺がその名前を聞いたのは、それが初めてだった。

その黒い剣、そんな名前だったのか。

そりゃまた、刀身に似合った立派な名前だな。

いかにも強そうじゃないか。

…いや、剣の名前なんて、今はどうでも良いな。

それより…気にかかるのは。

「ちょっと待てよ。お前さっきから、何を言ってる?」

「今ここで僕達を見逃してくれるなら、この恩はいつか必ず…」

「いや、だからちょっと待てって」

何の話だよ。勝手に進めるんじゃねぇ。

何だか、えらく変な方向に誤解していないか?

どうやらこの女…俺のことを、故郷を襲いに来た侵入者だと思い込んでいるらしい。

「俺は別に、お前達の土地を奪いに来た訳じゃないぞ?」

「え?」

え?じゃなくて。

「襲撃者じゃない…?それなら、何でここに?」

「何でここにと言われても…成り行きだよ。俺はただの旅人だ。ここ数日、ずっと森の中を彷徨ってたから…夜を明かす為に、今晩の宿を探していたところだ」

「…」

青天の霹靂、みたいな顔をして、魔剣の持ち主はポカンと俺を見つめ。

そして。

「…え?じゃあ、僕達の敵…な訳じゃないのか?」

「…さっきから、そうだって言ってるだろ…」

「…」

おせーよ、気づくの。

そういうことは、斬り掛かる前に確かめろっての。

うっかり斬り殺されてたら、どうしてくれるところだったんだ。
< 566 / 634 >

この作品をシェア

pagetop