神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
この力が自分の身体に適合していないことは、ユリヴェーナ自身が誰よりも、よく分かっていたことだろう。

だが、確信は持てなかった。

だから、俺に知恵を求めた。

そして今、ユリヴェーナにとって認めたくない事実を突きつけられ。

それでもユリヴェーナは、「魔剣を手放す」とは言わなかった。

「たかが武器ごときに、命まで捧げる気か?」

「君にとってはただの武器だろう。でもこの村にとっては神器なんだ」

あぁ、そうだったな。

ただの石ころだって、祀り上げれば御神体になるんだもんな。

馬鹿馬鹿しい話に思えるが、ユリヴェーナや村の人々にとっては、大事なことなのだろう。

「…英雄の名を剥奪されるのが、そんなに嫌か?身を滅ぼしても?」

そうまでして、英雄の座に座り続けたいか。

「そうではない」

ユリヴェーナは、首を振ってそう言った。

「この村の人々には、英雄が必要なんだ。長い間ずっと、略奪や侵略の憂き目に遭ってきて…そんな状況の中で、村人達にとって英雄の再臨は、求めてやまない希望の存在だった」

「…それは…」

そう…なのかもしれないが。

「誰かが英雄となり、彼らの心の拠り所とならなければ」

「…」

「それにな、ここ最近…またしても頻繁に、ここ秘境の村に…侵略者が攻撃を仕掛けてきてるんだ。つい最近も、そのせいで村の子供が死んだ」

「…」

そんなことが…。それは気の毒だったな。

「村人は怯えている。そして同時に、英雄こそがこの村の危機を救ってくれると信じているんだ。彼らの期待を裏切る訳にはいかない」

「…村人全員の為に、お前一人が犠牲になっても構わないと?」

「それが英雄の使命だ。覚悟なら、とうに出来ている」

…見上げたもんだな。

そういうのを…犬死に、って言うんだけどな。

「それにな、もう…長く持たなくても良いんだ」

「…何?」

「今秘境の村では、密かに村人達を別の場所に移住させる計画を進めているところなんだ」

部外者に過ぎないはずの俺に、ユリヴェーナはそんなことを教えてくれた。

移住の計画…。

「この国の人間は、秘境の村を滅ぼそうとしている。いかに僕が魔剣の力を振るおうと、数の暴力には勝てない」

だろうな。

何なら、魔剣の闇の魔力によって、先にユリヴェーナの方が自滅しそうだ。

「そこで僕達は、互いに相談し合って…村ごと引っ越ししようということになったんだ。村人達の命を守る為に」

「…だから、村人達が無事に新天地に辿り着くまでの間…それだけ持てば充分、ってか?」

「あぁ、そうだ」

…素晴らしい、自己犠牲の精神じゃないか。

やっぱり犬死にだな。
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