神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
そこまで覚悟を決めてるんなら、俺に言えることは何もない。

…ただ。

「…後悔しないようにしろよ」

英雄だろうと、普通の人間だろうと、人生は一度きりなのだ。

死ぬ直前に、「あのときこうしていれば」と思うのは嫌だろう。

「あぁ、そのつもりだ」

と、ユリヴェーナは答えた。

…そうか、それなら良い。

このとき俺が、ユリヴェーナを強く引き留めていれば…運命は何か変わっただろうか。

無理矢理でも魔剣を取り上げ、英雄であることをやめさせれば良かったのだろうか。

歴史に「もしも」は存在しない。考えるだけ無駄だ。それは分かっている。

…分かっているが、考えずにはいられないのだ。

だが、これだけは分かる。

例えこのとき、俺が強く引き留めようと…ユリヴェーナの決意は揺らがなかっただろう。

結局俺は…ユリヴェーナの運命を変える、何者にもなれなかったのだ。

というのは結果論であって、当時の俺は、ユリヴェーナの運命を変えようなどとは、欠片も思っていなかった。

何を選択するかは、本人の自由だ。

俺が口を出すべきことじゃない。

…ユリヴェーナの好きにさせてやろう。

彼女が英雄として死ぬことを望むなら、そうさせてやろう。

俺はそう思った。

「貴重な情報をありがとう、ジュリス。良かったら、もう少し…この村に滞在していってくれないか?」

「…良いのか?俺は、村人から随分警戒されていたが」

またしても熊手を向けられるのは、さすがに御免だぞ。

…しかし。

「皆は僕が納得させる。心配しないでくれ」

「…」 

俺には、この村に滞在する理由はなかった。

俺がここにいたら、村人達も気が気でないだろうし。

…それなのに、俺は。

「分かったよ。じゃあ、しばらく厄介になるとするかね」

「あぁ、そうしてくれ」

ユリヴェーナの誘いに応じて、俺はしばし、この秘境の村に滞在することにした。
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