神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
俺もきょとん、シルナもきょとん。

そんな俺達を見て、イレースも訝しげな顔をしていた。

更に、イレースは不可解なことを口にした。

「まぁ、そんなことはどうでも良いです。それより、さっさと書類をください」

…は?

「え、しょ、書類って、何の書類…?」

「は?さっき会ったとき渡したでしょう」

…さっき…会ったとき?

「放課後までには仕上げておくと、そう言ったじゃありませんか。…まさか、まだ出来てないんですか?」

「え、え、えぇと…?どの書類のこと…?」

「魔導教育委員会から送られてきた意見書ですよ。さっき渡したじゃないですか。私が書きましょうかと言ったら、あなたが珍しく、自分で書くから渡してくれと言ったでしょう。だから任せたんですよ」

「…??」

シルナが、自分で書類を書くから渡してくれ、と?

自分から、そう申し出たのか?

「…まさか、書類をなくした訳じゃありませんよね?」

「えっ…!」

青ざめるシルナ。

…この顔は、図星だな。

さっきもらったばかりの書類を、書き上げるどころかなくしてしまったらしい。

「いや、その、ちょっと待って。探す、探すから」

「あなた馬鹿ですか?ついニ時間ほど前にもらったものを、どうやったらこんなに一瞬でなくせるんです」

「え、えぇ…?二時間前…?」

シルナは、ぽかんとしてイレースを見つめていた。

…何だ?

「…何です、じろじろ見て」

「え…と。二時間前…私、イレースちゃんに会ったっけ…?」

「はぁ…?」

「二時間前って…私その頃、チョコケーキを買いに、行きつけのケーキ屋さんに出掛けてたはずなんだけど…」

「…」 

…これには、イレースも一瞬言葉を失っていた。

…えぇと、つまり?

イレースは二時間前にシルナと会って、「今後はお菓子断ちする。書類を任せて欲しい」とシルナに言われたから、書類を託したが。

二時間後、現在のシルナは、自分が二時間前に宣言したことも忘れ、そして受け取った書類もなくしている、と。

そういうことなのか?

それって…一体…。

「…そうですか。成程、理解しました」

と、イレースは深く嘆息してそう言った。

え、イレースには理解出来たのか。

俺はもう、何が何だかさっぱり分からな、

「いつか、遠からずこんな日が来ると思ってましたから。心配は要りませんよ」

イレースは珍しく、微笑みを浮かべて言った。

…何だ、その笑顔。

普段険しい顔ばっかり見慣れているから、突然笑顔になられると、それはそれで怖、

「あの、イレースちゃん、」

「大丈夫ですよ。さぁ、荷物をまとめて。老人ホームに行きましょうね」

…。

…ん?
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