神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…大半の村人を新天地に送り届け。

既に、村に残るのは村長とその家族、そして一部の独身男性のみとなった。

彼らを新天地に送り届ければ、それで引っ越しは終わる。

村人が次々と移動して、この場所にはもうすっかり活気がなくなっていた。

しかし、新天地を目指す村人達は、将来への期待でいっぱいだった。

そして、誰よりも村人達の未来を思うユリヴェーナも。

「明後日には、残る全ての村人達を、谷の向こうに送り届けるんだ」

ユリヴェーナは、嬉しそうにそう語った。

それが終われば、大役を果たしたことになるもんな。

「そうか。あと少しだな」

「あぁ。本当は今日の予定だったんだが、生憎の天気だからな…」

その日は、昨日の夜からずっと雨が降り続けていた。

この天気じゃ、道中山を越え谷を越え…は危険だな。

雨が上がり、地面が固まるまでは出発出来ない。

「だが、もうじき天気も回復するだろう。そうしたら…」

いよいよ出発、だな。

この場所ともお別れだ。

「どうだ?感慨深くなってきたか?」

「そうだな…。確かに寂しいが、でも、それ以上にこれからの期待の方が大きいな」

そりゃ前向きな返事だ。

将来に希望があるっていうのは良いことだ。例えどんなに些細なことでも。

それだけで、今を生きる理由になるからな。

「…それで、ジュリス」

「ん?」

「君は、これからどうするんだ?」

と、ユリヴェーナが聞いた。

「俺か?」

「あぁ。特に行く宛がないなら…一緒に新しい秘境の村に来ないか?」

それはまた、情熱的な誘いだ。

「でも、俺は村人達に嫌われてるだろ。余所者だから」

「それは昔のことだ。先日の襲撃の際、君が怪我人を大勢助けてくれたことは、皆が知っている。今では、君を信頼しているよ」

「そうかね…」

村の英雄であるユリヴェーナに比べたら、俺への信頼なんてユリヴェーナの足元にも及ばないが。

「君が来てくれたら、僕としても色々助かるんだが…」

…まぁ、もしかしたら、誘われるかもしれないとは思っていたよ。

だから、そのとき何て答えるかも決めていた。

「誘いは有り難いんだが…悪いが、俺は今、一つ所に収まるつもりはないんだ」

これまでずっと、気楽な根無し草をやっていた。

いつかは、何処かに定住するのも悪くないが…今はまだ、そのときではない。

もうしばらく、根無し草を続けていたくてな。

「…そうか…」

ユリヴェーナは、落胆したように肩を落とした。

「…悪いな。お前達との暮らしが気に入らないって訳じゃないんだが」

「いや…構わない。無理を言って済まなかった。君の望むように生きてくれ。…ただ」

「…ただ?」

「時折、たまには…僕達のことを思い出して、顔を出してくれると嬉しい」

…成程。

「分かった。そうするよ」

「あぁ。それに、君には例の『頼み事』をしたからな」

頼み事って…。

『魔剣ティルフィング』を譲り受けて欲しい、というあれか。

「気がはえーよ」

「そうだな…。じゃあ、次に君が訪ねてくるまで、まだまだ死ねないな」

「当たり前だ」

言っとくが、俺はなかなか来ないからな。

それまでその魔剣は、ちゃんとお前が管理して…、





…そのときだった。

家の扉が、勢いよく開けられ。

「ユリヴェーナ様!政府軍です、政府軍が来ました!」

青ざめた顔で、村人の青年がそう叫んだ。
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