神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
「…!政府軍だと…!?また…!?」

ユリヴェーナは弾かれたように立ち上がった。

「は、はい。見張りがいない隙を狙って、発見が遅れて…!既に村全体を包囲されています!」

「くっ…!」

…最後の最後まで、秘境の村の人々を放っておいてはくれないか。

なんて最悪なタイミングだ。

守るべき村人の数は少ないが、しかし、その分政府軍も包囲しやすいことだろう。

「ど、どうしたら良いんでしょう、ユリヴェーナ様。助けてください…!」

「大丈夫だ。僕はこの村の英雄だ。必ず皆を救ってみせる」

青ざめ、狼狽える青年を落ち着かせる為、ユリヴェーナは自信たっぷりにそう言った。

それが虚勢に過ぎないということを、俺だけは知っていた。

「ようやく、村が新しい未来を掴もうとしているところなんだ。邪魔をされて堪るものか…!」

ユリヴェーナは、『魔剣ティルフィング』を手にした。

その顔が苦痛に歪んだのを、俺は見逃さなかった。

そして。

「…ジュリス、一つ頼まれてくれないか?」

くるりと振り向いて、ユリヴェーナが俺に言った。

「…また頼み事かよ。多いな」

「全くだな…。だが、乗りかかった船と思って、頼まれてくれないだろうか?」

「…言うだけなら、言ってみろ」

聞いてやらんこともない。

内容次第ではあるけどな。

「僕が政府軍の包囲網を崩す。その隙に、残る村人達を連れて、谷の向こうに送り届けてくれないか」

「…」

…俺が、村人達の水先案内人になれと?

「この天候だ。今移動するのは危険極まりないが…それでも、ここに残っているよりはマシだ。君がついていてくれれば安心出来る」

「…」

「頼む、ジュリス。どうか…」

「…分かった、引き受ける」

そんな悲壮な顔して頼まれて、嫌だと言える訳がないだろう。

脅迫だ。

…しかし。

「ただし、役割を逆にしろ」

「…何?」

「俺が包囲網を突破する。お前が、村人達を連れて行け」

いかに『魔剣ティルフィング』の威力が強大であろうとも。

多勢に無勢で、これだけの数に囲まれたら、ユリヴェーナと言えども…。

ましてや、体調が万全でないときに…。

囮をやるなら、それは俺の役目だ。

…しかし。

「いいや。村を守るのは、英雄である僕の役目だ」

ユリヴェーナは、これだけは譲らないとばかりにきっぱりと言った。

この、分からず屋は…。

「それに、君が政府軍と戦えば、君まで政府軍に目をつけられてしまう。君にそのような重荷を背負わせたくはない」

「お前…ふざけるな。そんなこと…」

「…頼む、ジュリス。この村の英雄として…務めを果たさせてくれ」

そう懇願するユリヴェーナの目は、酷く真摯で、真っ直ぐで。

このとき俺は、ユリヴェーナに強引に押し切られてしまった。

「…生きて戻れよ、ユリヴェーナ」

「勿論だ。充分時間を稼いで、君が村人達を連れて出ていったら、僕も無理をせず撤退するよ」

…分かった。信じて良いんだな。

「村人達を送り届けて、また戻ってくる。それまで持ち堪えろ」

「あぁ」

俺はユリヴェーナに背を向け、村人達を連れて秘境の村を出た。

背中に、『魔剣ティルフィング』の闇の魔力を感じながら。
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