神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…その後どうなったかは、最早語るまでもない。

嫌な予感はしていたのだ。

ユリヴェーナに頼まれた通り、俺は村に残っていた僅かな村人達を連れて、彼らの案内で新天地に連れて行った。

嵐の中、誰一人欠けず、確かに彼らを仲間のもとに送り届けた。

政府軍の魔の手から逃れ、新天地に辿り着いた村人達は有頂天だった。

「あぁ、良かった…。全てユリヴェーナ様のお陰だ」

「そうだ。あの方こそ、この村の英雄に相応しい」

「我々の希望の星だ」

…口々にユリヴェーナを褒め称えるその声を、俺はぼんやりと聞いていた。

…そんなに大層な奴に見えるか?あいつは。

俺には、自分に背負わされた重荷に、今にも押し潰されそうになっている…。

…ただの少女にしか見えないがな。

無事に村人を送り届けるなり、俺はすぐに引き返した。

皮肉なことに、その頃には雨が小康状態で、それほど時間をかけずに戻ることが出来た。

…出来た、のに。

「…逃げる、って言ってたじゃねぇかよ」

そこに待っていたのは、身体中泥だらけになって、ぬかるみの中に死んだように横たわっている、ユリヴェーナの姿だった。

腕にも顔にも、全身に蛇のような黒い痣が浮き出ている。

…最早手の施しようがない状態であることは、素人目から見ても明らかだった。

政府軍は、いつの間にか撤退していた。

「…その声…。…ジュリス、か…?」

ユリヴェーナは、ようやく聞こえるほどのか細い声を振り絞った。

俺はユリヴェーナの傍らにしゃがみ、彼女に語りかけた。

「あぁ、俺だ」

「そうか…。…済まない、もう…見えないんだ」

何が、と聞くまでもなかった。

彼女の両目は光を失い、赤黒い痣に覆われていた。

「この目では…もう、村人達の…未来を見ることは、出来ないな…」

「…」

「…落ち込まないでくれ。僕には見える、分かるんだ…。皆の…希望に満ちた顔が…」

…本当に、そうか?

「君がここにいるということは…村人達は…」

「…無事に送り届けた。一人も欠けず、全員無事に」

「…そうか…。…良かった。ありがとう…」

ユリヴェーナはホッとしたように、微笑みながら頷いた。

「新天地に辿り着きさえすれば…僕らの未来は潰えない。新しい、村の未来が待っている…」

「…本当にそうか?」

「…何?」

さっきの村人達の台詞を思い出す。

「お前の村の奴らは、お前に頼りっきりだぞ。あいつらの心の支えになる為に、お前はまだ必要だ。勝手に一仕事終えて、やり切った感出してんじゃねぇよ」

お前は、まだ必要だろ。

秘境の村に必要不可欠な存在だろう。

こんなところで…。

…こんなところで、くたばって良いはずがないだろ。
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