神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
「強がるなよ。役目を果たせば死んでも良いなんて、そんなはずないだろ。本当の、お前は…」

「…そうだな」

ユリヴェーナの顔から、笑顔が消えた。

「…僕も皆と一緒に、新しい村の未来が見たかった」

笑顔の代わりに、ユリヴェーナは涙を溢した。

潰れた目から。

「皆と一緒に行きたかった…。僕も…こんなところで、死ぬ、なんて…」

「…」

俺は悔しさのあまり、両手の拳を握り締めた。

…何でこんなことになってしまったのだ。

ユリヴェーナが英雄でなければ、ユリヴェーナは生きられたはずだ。

でもユリヴェーナが英雄でなければ、秘境の村に未来はなかった。

彼らの未来の為に、ユリヴェーナは一人、人身御供となったのだ。

自分の人生を、幸福を捧げることで…村人の未来を守ったのだ。

まさに、英雄と呼ぶに相応しい。

しかしユリヴェーナは、英雄になることなど欠片も望んでいなかった。

魔剣などが存在していなければ、ユリヴェーナは自分の人生を生きられただろうに…。

「…でも…でも、僕は後悔しない…」

「…ユリヴェーナ…」

「僕のこの命で、仲間の未来を救えたんだ…。この人生で、大きな仕事を成し遂げたんだ…。それで良いだろう。それで良しとしよう。僕が生まれてきたこと…僕が死ぬことは、無価値なんかじゃない…」

…そうだな。

そう思わないと、辛いよな。

人生の終わりに、「自分の人生に何の意味もなかった」と絶望すること以上に、辛いことがあるか?

「…こんなところで命を落とすなんて、お前は馬鹿だよ」

「あぁ…。馬鹿かもしれないな。だけど、僕は嬉しいよ。自分の正義を貫き、仲間を守り、そして死ぬなら…」

…何も後悔はない、と?

それで良いのかよ、お前は。

「村人達は、まだお前を必要としてるんだぞ」

「…大丈夫だ。僕がいなくなって、少しは混乱するかもしれないけど…」

少しどころじゃねぇだろ。

それなのに、ユリヴェーナは。

「新しい彼らの未来に…英雄は…僕は必要ない。いずれきっと…英雄を戴かずに、自分達の足で立つことが出来る…」

「…何でそう思う?」

「分かるんだよ…。今の僕には、全部分かる…」

…全部…。

…死の直前になって、全部分かったって…もう、遅いだろ。

お前が望んでやまない、村人達の未来の中に…お前はいないんだぞ。

「…ジュリス、魔剣を…」

ユリヴェーナは、ぬかるみに放り出されていた黒い剣…『魔剣ティルフィング』…を、俺に差し出した。

その手は弱々しく、赤黒い痣に覆われていた。

「この剣を…僕の正義を…君が受け継いでくれ…」

…重い注文だ。

「お前は最初に会ったときから、俺に頼み事ばっかりだな」

見逃してくれだの、剣術を教えてくれだの、世界の話を聞かせてくれだの、村人達を送り届けてくれだの。

散々良いように使われたよ。

そして最後に、こんなにも重い使命を俺に託そうとしている。

…割に合わない。
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