神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
「…なら、僕も…君の頼み事を聞くよ」

と、ユリヴェーナは言った。

ほう。

それならイーブンだな。

「僕に…出来ることなら、何でも…」

「そうだな。じゃあ、俺も遠慮なく…」

…茶番だってことは分かっていた。

俺にも、ユリヴェーナにも。

…これから死ぬ人間が、一体どんな頼み事を聞けるというのだ?

だけど。

だけど、俺は…。

「…死ぬな」

…俺がお前に望む頼み事は、それだけだ。

魔剣を預かってやる。お前の掲げた正義も一緒に。

だから、お前は死ぬな。

英雄の重荷を降ろして、一人の少女として生きろ。

…しかし。

「…」

ユリヴェーナは、何も答えなかった。

代わりに、うっすらと微笑んでみせた。

それだけだった。

それまでだった。










…力を失ったユリヴェーナの手から、『魔剣ティルフィング』が滑り落ちた。

俺はその剣を、確かに受け取った。

重い剣だった。

これが彼女の正義の重さ。

…そして、命の重さだった。

「…馬鹿だよ、お前は…本当に」

こんなところで命を落とすなんて。

それなのにお前の死に顔は、この人生で嫌なことなんて一つもなかった、みたいな晴れやかな顔だった。

…ただ、己の正義を貫いた人生だった。

犬死になのかもしれない。つまらない死に方なのかもしれない。

それでも確かに、ユリヴェーナは自分の人生に満足して死んでいった。

ならば、どうして俺ごときが、ユリヴェーナの人生にケチをつけられるだろう。

「…おやすみ、ユリヴェーナ」

お前は自分の役目を、立派に果たした。

だからもう、眠れ。

自分のやるべきことを全て達成したと、胸を張って天国への階段を上れよ。




…俺は、彼女が愛したこの場所に、ユリヴェーナを埋葬した。

そしてその後…俺が秘境の村を訪ねたことはない。

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