神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…シルナだった。

シルナが、学院長室に入ってきた。

シルナはここにいるのに、シルナがもう一人、俺の目の前にいた。

シルナが二人。

あまりに驚いて、言葉が出なかった。

俺だけではなく、イレースも同様だった。

シルナ本人でさえ言葉を失っていた。

今入ってきたばかりの、もう一人のシルナだけが。

何事もなかったように、イレースに近づいた。

「丁度良かった。はい、さっきもらった書類、仕上げておいたから」

そして、魔導教育委員から送られてきたという書類をイレースに手渡した。

書類はシルナ2号の手書きなのか…シルナの筆跡と全く同じだった。

「…あなた、一体何者なんです?」

イレースが、訝しげにシルナ2号に尋ねた。

よく聞いてくれた。

「何が?」

「惚けないでください…。目の前を見なさい。同じ顔をした人間が二人いるなんて、有り得ないでしょう」

その通りだ。

俺達の目の前には、シルナが二人いた。

全く同じ顔で、全く同じ服を着て。

これで表情まで同じだったら、まるで区別出来なかっただろうが。

片方は余裕綽々の表情で、片方は青ざめているから、かろうじて区別がつく。

俺は、反射的に杖を握り締めた。

シルナの偽物だ。

一体、誰がどういうつもりで、偽シルナを差し向けてきたのかは知らないが。

その理由はどう考えても、悪意によるものだ。

俺達を何らかの罠に嵌める為に、この偽シルナを差し向けてきたのだ。

だとしたら、この偽シルナは俺達の敵だ。

…しかし。

「あぁ、成程…そういうことね」

偽シルナは、全く悪びれることなく。

そして、自分こそが本物である、と戯言を抜かすこともなく。

「そうだね。君達が思っている通りだよ。私は確かに、本物のシルナ・エインリーじゃない」

あっさりと、自分が偽物であることを認めた。

…意外と潔い奴だった。

それとも、単に開き直っているだけか…?
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