神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
「…信じられると思ってるのか?」

自分でも驚くほど、我ながら冷たい声だった。

でも、それも無理はないだろう。

目の前の馬鹿が、とんでもなく馬鹿なことを言うから、つい。

「訳分かんねぇ奴が目の前に出てきて、『私はドッペルゲンガーです』なんて訳分かんねぇことを言って、それを信じる奴がいると思ってるのか?」

俺達がそこまで馬鹿だと思ってるなら、お前はシルナのドッペルゲンガーにはあるまじき、頭の悪さだな。

すると。

「そうだね…簡単には、信じてもらえないだろうね」

と、ドッペルゲンガーシルナは言った。

よく分かってるじゃないか。

「でも、だからこそ私は、自分が信じてもらえるように行動しているつもりだよ」

「…はぁ…?」

「教師として、学院長として、やるべきことをきちんと果たしている。私の本体のように、遊ぶことや食べることに夢中になって、学院長の職務を蔑ろにすることはない」

「…」

ドッペルゲンガーシルナは、自分が持ってきた書類を広げてみせた。

「こうして、書類もきちんと揃えてきた。期限内にね。授業で使う資料も、1から見直して、そこの本体の授業より、ずっと分かりやすい授業を心掛けると約束するよ」

…。

「質問に来た生徒を追い返してる、ってさっき言ったね?あれも教育の一環だよ。私の本体は、自分の生徒を甘やかすことが優しさだと勘違いしている」

…。

「この学院の生徒達は、甘やかされることに慣れ過ぎている。分からないところがあれば、自分で調べるまでもなく、他人に教えてもらえる。大人に甘えて縋れば、いつでも甘やかしてもらえる。そんな環境で育つと、いざというとき自分の力で何も出来ない大人になってしまう」

…。

「他の教師達は、これまで通り生徒に優しく接してくれれば良い。その分私が学院長として、生徒に厳しく接する。優しく接する人もいれば、厳しく接する人もいる。それで丁度、バランスが取れるよね」

…。

「生徒には嫌われるかもしれないけど、それで生徒が立派な大人に育つなら、学院長として、これ以上嬉しいことはない。嫌われ役でも、喜んで引き受けるよ」

…。

「私は学院長なんだから、生徒にとっても、教師にとっても、手本となるべき存在になるつもりだよ。当然だよね」

…。

…だから本体じゃなくて、ドッペルゲンガーである自分を認めてくれ、と?

自分こそが、本物のシルナ・エインリーであると?

そう言いたいのか、こいつは。

すると。

「…成程、それは良いかもしれませんね」

何故か、イレースが頷きながらそう言った。

「イレース、何言ってんだお前…」

「だって、見てくださいこの書類。学院長とは思えないくらい、しっかり書けてますよ。授業に対する姿勢、生徒に対する姿勢、どれも素晴らしいじゃありませんか」

そうだけど。

そう言われたら、確かにそうなんだけど。

でも、そうじゃない。そうじゃないんだ。
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