シークレット・ガーデン~英国紳士の甘い求愛と秘密~
25.信じられない
スマホが着信を告げる短いその音に、莉緒はベッドの上で身を縮こまらせた。
見たくないと思うが、無視する訳にもいかない。
重い身体を持ち上げれば、薄暗い室内でチカチカと小さく光るスマホのランプがすぐに目に留まる。
「なんで、こんなことに……」
最悪の気分だった。
帰りの列車の中で適当に見つけたホテル。何もする気が起きなくて、着いた途端ベッドに倒れ込んでそのままだった。
陽はすっかり沈んでいるから、それなりに時間は経っているのだろう。
夕食という言葉が一瞬浮かんだが、欠片も空腹を感じなかった。
莉緒はスマホに手を伸ばして、内容を確認する。
相手はレオンだ。本物の方のレオン。
なんで教えていないのにメッセージが、とは思わない。きっと“彼”が伝えてしまったのだろうから。
“荷物がウチに届いた。いつでもリオの都合のいい時に取りに来て”
そのメッセージの下に住所。
「本当に、荷物……」
送られてしまった。こんなに手早く。
彼はもう、莉緒をあの家に受け入れる気はないのだ。
「本当に、意味が分からない」
鈍く痛む頭で考える。
騙された、とそれだけで済ませられる話だろうか。
本当に自分は騙されたのだろうか。
「何か理由があるんじゃないの、だって」
例え騙していたとしてもきっと悪意を持って騙していたのではないと、今まで重ねてきた時間がそう囁く。
「私がそう信じたいだけ?」
だってよくよく考えればおかしなことだらけだ。
レオン・ゼーゲルに成りすまして莉緒を騙すことに、一体どんな旨みがあると言うのか。
お金も個人情報も特に盗られていないし、悪用された形跡がない。
そもそもそんなことをする必要がないくらい、彼の生活は余裕があった。
個人的な恨みという線もそもそも接点が遠い昔にしかなく、かつ今回の再会自体が全くの偶然と思われる状況では薄いだろう。
「それに、どう考えてもゼーゲル家と無関係の人ではないはず」
だって彼は莉緒が七歳までの幼少期と、十二歳の夏に湖水地方にいたことを知っていた。
共通の思い出もあった。
例え彼の語ったエピソードが本物のレオンから聞いたものを流用していたのだとしても、ではあの庭を描いた絵はどう説明するのか。
「あれは私が見つけて、私にだって覚えがあって、実際目の前でも描いてくれて」
たまたま“彼”も絵が趣味だっただけ?
莉緒の記憶に便乗しただけ?
「面影だって、確かにあった。知ってる人だってそう思った」
今から思うと自分の迂闊さは呪いたいレベルだ。何があっても文句は言えないくらいに危機管理のなっていない状態で、よくも易々と相手を信じたものだとそう思う。
けれど、それは相手が悪い悪くない以前に、自身の愚かさだ。
「…………知らない誰かでは、ないはず」
それでも、と思うのだ。
全く無関係の相手ではないはずだと。それは本物のレオンの話しぶりでも感じられた。
彼は自分の名前を騙った相手を完全に把握していたようだった。口調を思い返しても、それなりに近しい関係にあるのではないかと思わせた。
「お願い、これで終わりなんて言わないで」
莉緒はスマホをタップして、昨日までは他愛のないやりとりで埋まっていた画面を開く。
「っ――――」
心の中でさえ、もう彼に何と呼びかけられたらいいのか分からない。呼ぶかける術を、莉緒は持っていない。
それでも、分け合った心まで偽物だったなんてそうは思いたくなくて、心の中に湧き上がる疑心を必死に抑え込む。