シークレット・ガーデン~英国紳士の甘い求愛と秘密~
27.本当のことを、教えて
何かおかしいことには、気付いている。
夜九時を指した腕時計を眺めながら、莉緒は違和感を一つ一つ整理していく。
場所は“彼”の自宅前。
呼び鈴を鳴らしても不在。どうも居留守ではないようなので、少しだけ粘ってみようとこうして待っている。
このまま、日本には帰れない。彼には説明責任があるはずだ。
一度くらい、ちゃんと顔を合わせて話してくれてもいいはずだ。
そう思うが、秋の気配も強まる今日この頃、そろそろ夜は冷える。
「風邪引かない程度にしておかないと、後で大変だ……」
気まずさも、怒りも、悲しみも。今は全部抑え付けて、平静であれるよう努める。
一方的に問い詰めても仕方がない。上手く相手から引き出さなくてはならないのだ。
「……多分、何かを隠したい、誤魔化したいって気持ちがあって」
だから“彼”は頑なに莉緒を遠ざけ、同じく本物のレオンも都合が悪い部分ははぐらかす。
「そもそも、私の記憶がこんなにぼんやりしてるのも、段々おかしい気がしてきた」
ゼーゲル家との接点はあったのに、そこにまつわる部分がどうもぼんやりしている。
覚えていることと、こうだったでしょう? と言われても思い出せない部分の落差が激しい。
昔のことだからと言うにしても、何だかピンポイントで記憶がぼやけている気がするのだ。
「特に、旅行で来た時のことがはっきりしない」
ミセス・ベネットは莉緒が熱中症で倒れたのだと言っていた。その影響か、前後がぼんやりしていたらしいと。
それについては、日本に入る両親にも問い合わせた。
彼女が言う通り、莉緒は確かに熱中症で倒れたらしい。
ただし、場所はゼーゲル家の屋敷。
「それが何か、関係してる……?」
熱中症で倒れた原因に、彼がいたとか。
そうは思うものの、別にそう重い症状が出たり、後遺症が残ったりしたのでもない。そもそもそれと名前を騙ることの因果関係が全く見えない。
「何かこう、もうちょっとヒントになることがあればいいんだけど」
彼を上手く誘導自問すればどうにかならないかと思ったが、相変わらず帰宅してくる気配はなかった。
しばらくは待ってみるつもりだが、段々と不審者として通報されないだろうかなどと心配になってくる。夜道の犯罪だって、本当は怖い。
「……記憶って、どうやったらはっきりするものなんだろう」
やはり過去のエピソードから芋づる式に記憶を引き出すか、あるいは所縁のある場所を確認するか。
ゼーゲル家のあの湖水地方の屋敷に行けば、何か思い出すかもしれない。
掴みどころのないあのレオンに自ら会いに行くのは、気が進まない。あまり借りを作らない方がいい相手だとも、直感が囁く。
「でも他には何も考えつかないし……今日、寒いな」
冷えてきた指先に息を吐きかける。
ミセス・ベネットの元に滞在する一週間を、彼は惜しんだ。自分達にとって、一週間はとても貴重だと。
もうその一週間よりずっと長い時間が過ぎてしまっている。二人が気兼ねなく一緒に過ごせる時間は、限られていると言うのに。
好きだったし、好かれていると思っていた。
出発前に聞いた、自分のいない日がもう想像できない、きっとベッドがすごく広く感じると言ったあの言葉が偽りだったとは思わない。思えない。
そこを、疑ったりはしないから。
「……本当のことを、教えてほしいの」
祈るように呟けば、それに応えるように上着のポケットでスマホが震える。
もしかしてと慌てて取り出したが、それは望んだ相手からの着信ではなかった。
“リオ、二週間の出張に出てるって話だから、あまり無茶はしないように”
レオンからのメッセージだった。
主語はないが、誰のことを言っているのかは分かる。
「怖い……見抜かれてるのか、誰か張り付いてるのか。どっちなんだろう……」
狙ったようなタイミングに、思わず通りをきょろきょろと見回す。そうしたところで、怪しい人影など見つけられないのだけれど。
「出張……」
このままここで待ち続けても本当に意味がないのだと、莉緒は一つ嘆息してからその場を離れた。