シークレット・ガーデン~英国紳士の甘い求愛と秘密~
36.甘い囁き
「あの、エリオットさん」
レオンが去っても、エリオットの拘束は解かれなかった。
「えっと、エリオットもそろそろ仕事に出る時間では」
「今日休日だよ」
莉緒の肩に顔を埋めたまま彼はそうぼそっと呟いた。
曜日感覚がすっかり飛んでいた莉緒だが、そう言われればそうな気もする。
「え、あれ、じゃあ」
仕事だと出て行ったレオンのアレは、気を利かせてくれたとかそういうやつだろうか。
「あっちは多分、本当に仕事」
そう思ったが、それはエリオットが否定した。彼の立場を考えれば、休日でも仕事、あるいは接待等が当然のように入っているのだろう。
「あの、さっきレオンが言ったことなら気にしなくても」
とりあえず休みなら慌てる必要はないなと思いながらも安心させたくてそう言えば、
「いや、でも一理ある……」
と思いの外ダメージを受けている声が返ってきた。
「ないよ!」
莉緒が思った以上に、エリオットは“レオン”に対して勝ち目のなさを感じているらしい。でも。
「な、ないでしょ、そこはないって自信満々に言い切ってよ。私は昔の思い出の男の子を好きになったんじゃなくて、エリオットと過ごしてきた時間を通してエリオット自身を好きになったんだよ。私のその気持ちを疑ってるの?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないけど……そういう風に聞こえるよね。ごめん、違うよ」
腕の拘束が僅かに緩まる。
「自分の問題だ。リオに申し訳なさを感じるのも、家やレオンに対して引け目を感じるのも」
嘘が露呈して、真実を手にして、莉緒の彼に対する印象は変わった。
「……なんかね、少し安心した」
「え?」
首だけ振り返って、莉緒は言う。
「エリオットのこと優しくて、気遣いができて、絵に描いたような紳士だなって思ってたけど。でも悩んだり、弱いところがあったり。怒ったり、ムキになったり、言い合いができる相手がいたり」
「さっきのアレはみっともないところをお見せしました……」
「確かにちょっと意外だったけど。でもそういうの見せてもらえる方がずっと安心する。自分がもらってばかりで、でもこんな自分に返せるものなんて何もないんじゃって思ってたけど、私ができることもきっとあるよね」
知らない一面を知ってがっかりしたということではなく、むしろより人間味を感じてホッとした。好ましく思った。
同じレベルで悩んで、傷付いて、悲しんで。そうやって分け合っていける相手なのだと思えたから。
「リオにしかできないことだらけだよ」
額にちゅっと唇が落とされる。けれど一瞬の熱は物足りなさを与えるだけ。
それに、おでこにだなんて、可愛らしすぎる。
「……口にして」
なのでそうねだれば、
「仰せのままに」
と恭しく言って、今度は唇に熱が灯った。
重なり、少しずつ湿る唇。頭を支えてくれる大きな手。密着した身体から伝わる熱に安心と興奮がない交ぜになって押し寄せる。
「っふ……」
今日は莉緒の方から先に仕掛けた。
身体を反転させ爪先立ちをして、チロリと舌先で割れ目をなぞる。エリオットはそのお誘いに応えて、軽く身を屈め薄く口を開いてくれた。受け身のことが多い莉緒に、大した技術はない。けれど今まで彼がしてくれたことを思い出しながら、その口腔を探っていく。
「ん」
なぞる歯列も内頬も、やはり莉緒より少し大きい。広い口内を彷徨うようにあちこち探り、最終的には肉厚な舌に自分のものを絡めた。
絡めたというよりは、ただ縋っているだけといった感じになってしまっていたが。
「んっ、んふっ」
「っぁ……」
それでも艶やかな声が相手の喉から零れれば、興奮と達成感が高まった。
エリオットの手が莉緒の腰元を撫で回す。その手つきに肌が粟立って、莉緒は自分の下腹がきゅんと疼くのを感じた。
「エリオット……」
熱に浮かされながら、その名を呼ぶ。
「えっ!」
すると直後、何だかお腹の辺りに違和感が生じて。
そろそろと視線を下ろすと、彼の方もしっかり反応していた。
「……ごめん、その、名前呼ばれるの嬉しすぎて」
珍しい。顔を真っ赤にした彼が、しどろもどろになりながらそう言った。
そうして莉緒も、彼の本当の名を呼びながら行為に至るのが初めてだと気付く。
今日はいっぱい名前を呼びたい。そう思いながら、莉緒はねだるように彼の首に腕を回した。
「リオ、ごめん。今日は優しくできないかも」
甘く情熱的に囁かれる言葉に、
「優しくなんてしなくていいから、全部丸ごとエリオットをちょうだい? どこもかしこも愛してほしいの」
莉緒は躊躇いなく身を委ねた。