シークレット・ガーデン~英国紳士の甘い求愛と秘密~
04.次は夢も見ないほど深く
「リオ、リオ!」
ペチペチと軽く走る刺激。
「リオ」
「んん~」
痛みはない、他愛のない刺激。
けれどそれは確実に莉緒の意識を揺さぶり、何度か繰り返されれば瞼が上がった。
「…………?」
一瞬、状況が全く把握できなかった。
薄暗い部屋、慣れ親しんだものとはまだ違う肌触りの布地、視界に映るのはやたらめったら整った顔の異国の男性。
どういう夢を見てるんだろうか。
真剣に思考を巡らせて、数拍後にこれは現実だ、自分は今イギリスにいて昔の知り合いのお世話になってるのだと思い出す。
「えっ!?」
現状を正しく把握して、莉緒は思わず声を上げた。反射的に元々巻き込むように抱き締めていた掛け布団に縋りつくように力を込める。
部屋は暗い。だって枕元の小さな置き型のライトしか灯りが点いていないから。
つまり、まだ外は夜の最中ということで。
それなのに、何故別の部屋で休んでいるはずのレオンが半ば圧し掛かるように迫っているのか。
良くない想像がサッと脳裏を走る。
切羽詰まっていたからと言って、ほんの少しの縁に縋ってよく知りもしない男性宅に泊まるだなんて、やはりとんでもなく危機管理がなっていなかったと。
「落ち着いて、違う、びっくりさせたと思うけど」
莉緒の強張った表情と反応に、レオンはすぐにどう思われたのか察したらしい。彼は慌てて言い募った。
「やましい何かがある訳じゃなくて、リオ、君すごく魘されてて」
「――――え」
「魘されてるのか、何か身体的に苦しいのかよく分からなくて。それで様子を見に来たんだ」
潔白を主張するようにレオンがパッと莉緒から身を離し、両の手のひらをこちらに向ける。
「え、あの、ご、ごめんなさい」
魘されていた記憶はない。何か悪夢を見ただとか、そういう自覚もなかった。けれどそれ以外に心当たりがあったので、莉緒は彼の言葉を疑う気にはならなかった。
「何か苦しくてとかそういうことではなくて」
なのに、自分は今何を想像した?
親切な彼に対してとんでもなく失礼なことを考えてしまったと、自己嫌悪で消えたくなる。そもそもどう見ても相手に不自由しないであろう相手に、平々凡々な自分がなんて思い上がりも甚だしい。
その上、自分の耳障りな唸り声で彼の安眠まで妨害してしまったのだ。
「レオンの部屋まで聞こえるような声で、うるさくして申し訳ないです……」
莉緒が貸してもらっているゲストルームとレオンの部屋は、他の部屋を挟んでそれなりの距離があった。
「あぁ、違うよ」
どれほどのボリュームを出していたのだろうと青くなる莉緒に、けれどレオンは首を横に振る。
「喉乾いたなって、水を飲みにキッチンに出たんだ。そこから微かに何か聞こえるなって思った程度だから、そんな大きな声は出てないよ。大丈夫」
本当だろうか。自分がひどく落ち込んでいるからそういうことにしてくれたのでは。
そうチラッと疑いながらもレオンを見上げるが、本当かどうかなんて見抜けるほど彼のことを知ってはいない。
「なにか嫌な夢だった?」
「え」
問われ、もう一度記憶を探る。けれどどこにも残滓すらなかった。
「覚えてないの」
「そう、だったらその方がいいよ。悪いことは追いかけ回さない方がいい。疲れが出たのかな。お水飲む?」
「ううん、大丈夫。夜中にごめんね」
「どうってことないよ。次はぐっすりお休み。頬叩いてごめんね」
大きな手の甲がするりと莉緒の頬を滑った。
さらりとこなされる小さな所作に、莉緒は心の中で飛び上がる。
し、心臓に悪い……
そう思うが、小さな子にするように労わりを込めて優しく触れられると同時にどこかホッとするのも事実で。
「ううん、起こしてくれてありがとう。レオン、おやすみなさい」
「……うん、おやすみ」
二三時間前にも交わした挨拶をもう一度して、レオンは部屋を出て行った。
その背中を見送ってからライトの灯りを落とす。
次は多分、ぐっすり眠れた。少なくともレオンがまた莉緒を起こしにくることはなかったから。