38年前に別れた君に伝えたいこと
「はいはいお邪魔さま、私はもう必要ないね」
その時、林さんが一瞬寂しそうな顔をしたように見えたのは気のせいだろうか。
「美幸ちゃんを泣かさないでよ」
もう一度、念を押された。
なんで、この子は他人の為にこんなに一生懸命になれるんだろうか。
終わったはずの恋を引きずったまま、新しい恋を始める訳にはいかない。
僕は、一途に想いを寄せてくれる彼女に一体何をしてあげられるのだろうか。
一年間同じクラスで過ごしていても彼女の事はあまり知らなかった、そういう子はクラスの中に何人かいた。
取り敢えず、友達として付き合ってみるか、、
あと数年先には、
昭和が終わろうとしていたこの時代、
今では当たり前となっている携帯電話など勿論なかった。
一般の人がそれを手にするには、まだ10年余りも待たなければならない。
当然のことながら、友達や恋人同士が連絡を取る手段は限られていた。
当時、どこの家にも有ったダイヤル式の固定電話、
家の廊下や居間に置かれていることが多くて、家族の目や耳を気にしながらの会話に、全くと言っていいほどプライバシーはなかった。
彼女の綺麗な文字を見たら、手紙で返事を書くのは躊躇ってしまう。
ちょっと緊張するけど電話するか、そう決めて、
その夜、
受話器を取って、ダイヤルを回すと、
電話には母親らしき人が出た、
「君嶋と申しますが、美幸さんはいらっしゃいますか?」
「失礼ですが、どちらの君嶋さんですか?」
名も知らぬ男からの電話に、年頃の娘を持つ親が神経質になるのは当然だ、
警戒されてる空気が、受話器越しに伝わってくる。
「あの、美幸さんと同じ高校の、、同級生です」
「あぁ はい◯◯高校の? ちょっと待って下さいね」
受話器の向こう側から、彼女の名前を呼ぶ声が聞こえる。