38年前に別れた君に伝えたいこと
遠く妻の呼ぶ声が、それが夢であったと教えてくれる。
また、あの夢、か、、
歳を取ってから夢を見る回数が減った気がしていた、、
単に目覚めた時に覚えていないだけかもしれないし、睡眠の質が悪いからなのかもしれない、
しかし、夢を見る時は決まって同じ夢だった。
僕から離れていく少女の後ろ姿、二度と戻らない青春時代のほろ苦い影が幸せな筈の僕の人生に、やり残した宿題がある事を教えてくれていた。
重い瞼を開くと、
カーテンの隙間から差し込む陽の光が、僕を現実の世界へと連れ戻した。
ついつい寝過ぎてしまったようだ、
何時だろう?
歳を取れば時の感覚も鈍くなるものだ。
寝室のドアが開かれて、妻が入ってきた。
「圭ちゃん、いつまで寝てるんだー」
そう言いながら部屋のカーテンを開けると、初夏の強い日差しが寝ぼけ眼の僕の顔に降り注いだ。
う〜ぅ、まぶしい、、一気に目が醒める。
「麻由ちゃん、今何時?」
「もう10時だよ、よく寝たねー」
そうだった、いつも起きる時間に目が覚めたのに、今日は休みだったと気付いた。取り立ててやることもないと納得して、再び眠りに落ちてしまったのだ、
「たまのお休みだから、ゆっくり寝かせてあげようと思って、敢えて起こさなかったよ」
「ありがと、麻由ちゃん」
妻の何気ない気遣いが、堪らなく嬉しい、
家族のために休みも惜しんで働いて、気がつけば、あっという間に30数年が過ぎ去っていた。
「圭ちゃん、今日の予定は? 何処か行きたい!」
妻はベッドの傍らに座り込むと、
腕を組んだ上に顔を載せて、優しく耳元に囁いた。
子供達も独立して夫婦2人の生活に戻ってから、はや1年が過ぎようとしていた。