38年前に別れた君に伝えたいこと
40年近くも連れ添った夫婦とは、こういうものなのだろうか。彼女は圭くんの全てを受け入れ、全てを知っている気がした。
「教えて貰えますか?」
彼女はニッコリ微笑んで、
「もちろん、貴女に彼の本当の気持ちを伝えたく
て、私はあの本を出したんだから」
えっ、意外な言葉に耳を疑った。
「奥さんがあの本を出されたんですか?」
「自費出版だったから結構お金かかったけど、彼が残してくれたお金だから。
貴女があの本を必ず見つけてくれる保証もないけど、でも私が彼にしてあげられる事は、もう何も残ってないから、、、
高瀬さん、携帯小説の方は読まれた?」
「いえ、娘にはもともとネット上で発表されたって聞いてたんですけど、私そういうの疎くて」
「私も一緒、だからネットでは、貴女には見つけて貰えないと思った、それに登場人物の名前も変えてあったし、たとえ貴女があの小説を目にしても自分の事が書かれてるとは絶対に思わないわ」
何故、圭くんは名前を変えて書いたんだろう。
名前が違えば、たとえ私がそれを目にしたとしても、自分の事だと気づくことはないと思う。
私にメッセージを送りたくて書いたはずなのに、それじゃわざわざ小説を書く必要もなくなってしまう筈だ。
私の疑問に答えるかのように彼女は話を続ける。
「私が泣いて怒ったから・・・」
「えっ」
「貴女に彼を取られるんじゃないかと思って、そんな事ある筈ないのにね。
でも、もし小説が有名になって、もし貴女の目に触れたなら。貴女は作中の登場人物の名前と小説の内容から自分に宛てたメッセージだと気づいてしまう。ここの住所も電話番号も当時と変わってないから、貴女がその気になれば再会を果たす事は可能かもしれない。
そう考えたら不安で仕方なかった。
彼に泣きながら訴えたの、そしたら彼は、少し考えてから淋しそうな目をして、『もう分かったから、君の泣き顔は見たくないんだ、小説を書くのはやめるよ』って。
余計に泣けてきちゃった。
私がそれを望んだのに、彼のあまりにも早い決断に後悔した、
今まで私はそうやって彼の夢や、やりたかった事を何度も奪ってきた気がする」
彼女の瞳にも涙が溢れていた。