38年前に別れた君に伝えたいこと
第四章 人生の黄昏時に
「何を考えてるの?」
窓辺のソファに沈み込んでぼんやりと庭の景色を眺めていた僕に淹れたての珈琲を手渡すと、彼女は向かい側に座って穏やかに微笑んだ。
やがて、陽が傾き出して茜色に染まる西の空に、家路に急ぐ野鳥の群れが音もなく過ぎて行く。
「ねぇ、綺麗な奥さんと優しい子供達に囲まれて、圭くんの人生は幸せだった?」
一緒に暮らすようになっても籍は入れていない。
彼女は亡くなった妻に遠慮してるし、互いの子供達の為にもその方が良いのではないかと考えていた。
「他人から見れば、ギャンブルも女遊びもやらない仕事一筋のつまらない人生さ」
「あら、素敵じゃない。奥さんや子供を大切にしてたからでしょ。私の主人とは大違いだわ」
家族の為に生涯を賭ける、自分なりに格好いい生き方と満足はしていても、遊びや趣味に人生を謳歌している連中から見れば、単なる馬鹿に映るはずだ。
確かに家庭と遊びは相反するもので、どちらかに夢中になれば片方は疎かになるだろう。
「妻を先に亡くした事も、後悔はしてないよ」
「えっ、どうして?」
「妻は寂しがり屋なんだ、そんな妻を残して僕が先に逝くわけにはいかない。
だから順番としては良かったんだけど、、ただ、早すぎた、、
あと二十年は一緒にいられると思っていた。
本当は僕の腕の中で、来世の再会を誓って"さよなら"をしたかったんだ」
彼女は僕の横に座り直すと、
僕の肩に顔を乗せて優しく抱きしめてくれた。
「突然のことで心の準備も出来ていなかった」
駄目だ、また思い出してしまう。
寄せては返す波のように、
悲しみは何度も僕の胸に押し寄せては、鎮まりつつある心の水面を掻き乱す。
纏わりつく悲しみを振り払うかのように頭を左右に振って話を戻した。
「それに、僕には遊ぶ余裕なんてなかったさ、
盆・正月のたまの贅沢に、"美味しい美味しい"って食べてくれる家族の笑顔が見たくて僕は必死に働いたんだ」