緋の鏡 ~その血は呪いを呼ぶ~
「あれ」
女の涼やかな目元に覚えがあった。クールビューティだと思った女だ。
「覚えてくださっていました? すれ違っただけだから、覚えてはいないと思っていたのですが」
女は細く微笑んだ。改めて見ても、克弥を見るその顔は整っていて美しいのに、目つきは鋭い。
「神社の」
「えぇ。少しお時間をいただけますか?」
女の迫力に戸惑いながらも、なぜだか素直について行った。喫茶店の一番奥の席に座ると女は名刺を差し出した。
「え」
『除霊師』とプリントされている。
「除霊師?」
「えぇ」
女は微笑んだ。
「鹿江田《かのえだ》紗子《さえこ》といいます。あなたとすれ違った時、深い恨みの気配が感じられたもので気になっていました。あの後、梅木《うめき》先生――景龍神社の宮司ですが、先生から厄除祈願をされたと伺いました。ですが、どうもそれでは事は済みそうにないと思いまして」
「――――」
「先生と相談して、普通の祈祷ではなく、特別な禊ぎを行ったほうがいいと判断しました。つまり、除霊です」
「除霊……」
「えぇ。あなたはなにかに憑かれたのです」
克弥はゴクリと喉を鳴らせた。
(憑かれた?)
その思いが顔に出ていたようで、紗子はゆっくりと頷いた。
「住所は先生に教わりました。情報漏えいと言わないでくださいね。私はあの神社を守る宮司の姪で、学生時代はあの神社に住んでいたのです」
「住んでいた?」
「えぇ。叔母が梅木先生の妻んです」
「…………」
「私自身も神職の資格を持っていますし、務めも果たしています。普段は占い師をやっていますが、大きな案件では除霊や祈祷を行い、昇天できなかった霊を諫めているのです。それに」
ただでさえ鋭い目元がさらに細められた。その口元には嘲笑のようなものが浮かんでいる。
「原因が今、あなたの持つ鞄の中にあるようですから、ちょうどいいのでは?」
克弥はハッとなった。
「本来はこんなお節介はしません。依頼の受けてから、正当な対価を求めます。自ら声をかけることも、無料の仕事も請け負いません。新興宗教の勧誘や霊感商法だと訴えられては困りますから。でも、それ《・・》はマズい」
次に彼女の口から出た言葉と口調がガラリと変わった。さらに強い緊張を含んでいた。
「その『原因』は尋常じゃないわ。周囲に悪影響を及ぼす。今も言ったようにあなたは見込まれたのよ。早く祓わないと取り込まれてしまう。費用は不要だから、協力をお願いしたいのよ、氷室克弥君」
鋭く切り込むような口調に圧倒され、克弥はただ頷くしかできなかった。
「これです」
克弥は鞄から手鏡を出し、テーブルに置いた。紗子は触ることなく、睨むようにして手鏡をしばし見つめ続けた。
その後、克弥に顔を向けて最近起こった出来事を説明するように促した。
克弥は一生懸命思いだしながら説明した。うまく説明できないながらも必死で語った。
紗子は克弥が言い終えるまで口を挟むことなく黙って聞いていた。そしてようやく克弥は口を閉じた。
「要約すれば、恋人は悪夢を見るようになってから貧血を起こして卒倒し、期待していた面接をふいにしてしまった。彼女から突き返され、その後、一度会いに行ったものの渡した手鏡のせいだと罵られ、今も夢を見続けて部屋に閉じこもっている」
克弥が頷く。
「次にこの手鏡を渡したのは妹。渡した夜は何事もなく、翌日に怖い夢を見、駅の階段から落ちて軽い怪我をした。本人曰くは、突然前が暗くなり、夢の女がこの手鏡を持っている気がして、驚いて階段を踏み外した」
紗子の言葉に再び頷く。
「あなたと妹さんが夢で見たり聞いたりした言葉は同じで、それは恋人も同じだと思われる」
「はい」
「呪う、恨む、祟る、それ以外に男が女を駆け落ちに誘っている」
「そうです」
「その男の言葉を妹さんは聞いたと言っている?」
克弥は顔を天井に向け、少し考えたが、「いいえ」と否定した。
「そのことは聞いていません。でも、あいつの話からしたら、聞いてはいないように思います」
「そう。では男の言葉は、あなただけが聞いたと解釈していいわけね。ところで妹さんに恋人はいるのかしら?」
「恋人? いますけど」
「ずっと前から?」
「いえ、つい最近――」
克弥はハッとしたように目を見開いた。
女の涼やかな目元に覚えがあった。クールビューティだと思った女だ。
「覚えてくださっていました? すれ違っただけだから、覚えてはいないと思っていたのですが」
女は細く微笑んだ。改めて見ても、克弥を見るその顔は整っていて美しいのに、目つきは鋭い。
「神社の」
「えぇ。少しお時間をいただけますか?」
女の迫力に戸惑いながらも、なぜだか素直について行った。喫茶店の一番奥の席に座ると女は名刺を差し出した。
「え」
『除霊師』とプリントされている。
「除霊師?」
「えぇ」
女は微笑んだ。
「鹿江田《かのえだ》紗子《さえこ》といいます。あなたとすれ違った時、深い恨みの気配が感じられたもので気になっていました。あの後、梅木《うめき》先生――景龍神社の宮司ですが、先生から厄除祈願をされたと伺いました。ですが、どうもそれでは事は済みそうにないと思いまして」
「――――」
「先生と相談して、普通の祈祷ではなく、特別な禊ぎを行ったほうがいいと判断しました。つまり、除霊です」
「除霊……」
「えぇ。あなたはなにかに憑かれたのです」
克弥はゴクリと喉を鳴らせた。
(憑かれた?)
その思いが顔に出ていたようで、紗子はゆっくりと頷いた。
「住所は先生に教わりました。情報漏えいと言わないでくださいね。私はあの神社を守る宮司の姪で、学生時代はあの神社に住んでいたのです」
「住んでいた?」
「えぇ。叔母が梅木先生の妻んです」
「…………」
「私自身も神職の資格を持っていますし、務めも果たしています。普段は占い師をやっていますが、大きな案件では除霊や祈祷を行い、昇天できなかった霊を諫めているのです。それに」
ただでさえ鋭い目元がさらに細められた。その口元には嘲笑のようなものが浮かんでいる。
「原因が今、あなたの持つ鞄の中にあるようですから、ちょうどいいのでは?」
克弥はハッとなった。
「本来はこんなお節介はしません。依頼の受けてから、正当な対価を求めます。自ら声をかけることも、無料の仕事も請け負いません。新興宗教の勧誘や霊感商法だと訴えられては困りますから。でも、それ《・・》はマズい」
次に彼女の口から出た言葉と口調がガラリと変わった。さらに強い緊張を含んでいた。
「その『原因』は尋常じゃないわ。周囲に悪影響を及ぼす。今も言ったようにあなたは見込まれたのよ。早く祓わないと取り込まれてしまう。費用は不要だから、協力をお願いしたいのよ、氷室克弥君」
鋭く切り込むような口調に圧倒され、克弥はただ頷くしかできなかった。
「これです」
克弥は鞄から手鏡を出し、テーブルに置いた。紗子は触ることなく、睨むようにして手鏡をしばし見つめ続けた。
その後、克弥に顔を向けて最近起こった出来事を説明するように促した。
克弥は一生懸命思いだしながら説明した。うまく説明できないながらも必死で語った。
紗子は克弥が言い終えるまで口を挟むことなく黙って聞いていた。そしてようやく克弥は口を閉じた。
「要約すれば、恋人は悪夢を見るようになってから貧血を起こして卒倒し、期待していた面接をふいにしてしまった。彼女から突き返され、その後、一度会いに行ったものの渡した手鏡のせいだと罵られ、今も夢を見続けて部屋に閉じこもっている」
克弥が頷く。
「次にこの手鏡を渡したのは妹。渡した夜は何事もなく、翌日に怖い夢を見、駅の階段から落ちて軽い怪我をした。本人曰くは、突然前が暗くなり、夢の女がこの手鏡を持っている気がして、驚いて階段を踏み外した」
紗子の言葉に再び頷く。
「あなたと妹さんが夢で見たり聞いたりした言葉は同じで、それは恋人も同じだと思われる」
「はい」
「呪う、恨む、祟る、それ以外に男が女を駆け落ちに誘っている」
「そうです」
「その男の言葉を妹さんは聞いたと言っている?」
克弥は顔を天井に向け、少し考えたが、「いいえ」と否定した。
「そのことは聞いていません。でも、あいつの話からしたら、聞いてはいないように思います」
「そう。では男の言葉は、あなただけが聞いたと解釈していいわけね。ところで妹さんに恋人はいるのかしら?」
「恋人? いますけど」
「ずっと前から?」
「いえ、つい最近――」
克弥はハッとしたように目を見開いた。