緋の鏡 ~その血は呪いを呼ぶ~
そして一週間程度が過ぎた。
仕事に慣れるも慣れないも、ただ掃除をするだけだ。客のほとんどが見ていくだけか、あるいは定価で買っていく。
値段交渉に臨む客については、伊倉がいる時間を教え、改めてもらうように頼んだ。そういうわけだから仕事で疲れるなんてことはない。しかし体は気だるかった。例の夢のおかげで寝不足続きだったのだ。
「克弥君、ごめんよ! 今、戻った」
「あ、お帰りなさい」
「遅くなってしまった。今日は大事な日だろう? 申し訳ない。さ、早く行って」
「すみません。でも、大丈夫ですよ」
病院から戻った伊倉に向けてそう答えると、克弥は頭をさげて店を出た。が、足は駆け出していた。あぁは言ったものの、実は少々焦っていた。
(こんな日に限って遅いんだからなぁ。まぁ、仕方ない)
今日は菜緒子とデートだ。さらに明日は面接だと聞いているから、あまり長くはいられない。就職活動はなかなか手ごたえのあるところまで進んでいるようで、電話の菜緒子はかなりご機嫌だった。
克弥は上機嫌で待ち合わせの場所へ向かった。
「克っちゃん!」
手を振る菜緒子に走り寄る。
「ごめっ!」
「いいよ。私もさっき来たトコだし」
久しぶりの恋人の笑顔。それだけでうれしくなる。
「調子はどう? 内定、取れそう?」
「うーん、まだわからない。でもいい感じなの。頑張るわ」
菜緒子の笑顔は調子を物語っているのか、すこぶる輝いているように見える。自分が内定を取った時もこんな感じの軽やかさがあったように思い、克弥まで手ごたえを感じた。
「おう! 早く決めて、一緒に過ごす時間作ってくれよ。俺、寂しいよぉ」
「うわ、聞いてるこっちが恥ずかしい」
「だってさぁ~。お預け期間長すぎ! すっかり溜まってるし!」
菜緒子は「えぇっ!」と顔をしかめた。
「ゲレつ~」
そんな菜緒子に対し、克弥は至って軽快に「なははっ」と笑い、菜緒子の手を握った。
「まぁ、それはさておき、早くメシ食いに行こう」
二人はいつもの居酒屋に入った。
「就職して、給料が貰えるようになったら、洒落たレストランとか行こうな」
「克っちゃん、ゴチってくれるの?」
「トーゼン!」
「ホントかなぁ」
他愛もない話で盛りあがり、二人はやがてレインボーブリッジが望めるホテルにやってきた。
ホテルといってもシティホテルではない。カップルの間で人気のあるファッションホテルだ。全室夜景が楽しめるというのが売りで、一般のホテルでもないカップル専用にもかかわらず予約が必要だった。
二人きりの部屋で寄り添って座り、手をつないで夜景を眺める。バイト代をつぎ込んで予約した効果は絶大で、菜緒子は克弥に寄り添いながらウットリと夜景を眺めている。
「綺麗ねぇ」
「ホント。ムード満点」
「克っちゃん、今までさ、イラついちゃって、ごめんね。八つ当たりとかしちゃったし。怒ってない?」
「怒ってたら会わないよ。就活が大変なのはわかってる。親しいヤツが決めたら焦るのも。明日、頑張れよ」
菜緒子は満面の笑みで元気いっぱい頷いた。
「うん! あのね、克っちゃん。さっき、いいことがあったの。ここに来る前」
「どんな?」
「ウチの最寄り駅で手相占いをしているお爺さんがいるの。そのお爺さん、手相占いだけじゃなく、人相占いもするんだって。私の顔に運気の上昇が見られるから、いいことがあるんじゃないかって。なんかさ、内定、取れそうな気がしてさ!」
「占いねぇ。胡散臭いなぁ。でも、ま、それで気持ち上向きならいいんじゃない? よかったじゃん」
「うん!」
またしても眩しいほどの笑顔。克弥は見惚れるように見つめた。確かに元気いっぱいで、笑顔が輝いている。運気が上昇しているというのもなんとなくわかる気がした。
そんな菜緒子の笑顔に照れつつ、心臓をドキドキさせながら菜緒子の名を呼んだ。
「なに?」
「これ」
リボンが掛けられた包みを手渡す。
「誕生日、おめでとう」
「わっ、ありがとう! うれしい!」
菜緒子ははち切れんばかりに笑い、プレゼントを手にした。
「開けていい?」
「もちろん。早く見てほしい」
菜緒子が封を開け、中を確認する。朱色地に花鳥風月が美しい小さな手鏡だった。
「うわぁ~! かわいい! それにすごく細かくて綺麗! 克っちゃん、高かったんじゃない? こういうの、小さいほうが高価なんだよ?」
克弥ははにかんだように笑い、からくりを白状した。
「今、バイトしてる骨董屋の商品だったんだ。店長がすんごく安くしてくれてさ。その手鏡、物としてはかなりだと思う。でも、俺はそんなに大変じゃなかった! ってことで、万々歳」
「そーなんだぁ、ありがとう。うれしいよ。私、克っちゃんが好き」
「うん。俺も」
見つめ合い、ゆっくりと顔を近づけて唇を重ねる。キスは次第に深くなり、二人を熱くした。どちらからともなく抱き合い、求める。
二人は幸せに満ちた中で恍惚となった。これからなにが起きるのかなど、想像することもなく――
仕事に慣れるも慣れないも、ただ掃除をするだけだ。客のほとんどが見ていくだけか、あるいは定価で買っていく。
値段交渉に臨む客については、伊倉がいる時間を教え、改めてもらうように頼んだ。そういうわけだから仕事で疲れるなんてことはない。しかし体は気だるかった。例の夢のおかげで寝不足続きだったのだ。
「克弥君、ごめんよ! 今、戻った」
「あ、お帰りなさい」
「遅くなってしまった。今日は大事な日だろう? 申し訳ない。さ、早く行って」
「すみません。でも、大丈夫ですよ」
病院から戻った伊倉に向けてそう答えると、克弥は頭をさげて店を出た。が、足は駆け出していた。あぁは言ったものの、実は少々焦っていた。
(こんな日に限って遅いんだからなぁ。まぁ、仕方ない)
今日は菜緒子とデートだ。さらに明日は面接だと聞いているから、あまり長くはいられない。就職活動はなかなか手ごたえのあるところまで進んでいるようで、電話の菜緒子はかなりご機嫌だった。
克弥は上機嫌で待ち合わせの場所へ向かった。
「克っちゃん!」
手を振る菜緒子に走り寄る。
「ごめっ!」
「いいよ。私もさっき来たトコだし」
久しぶりの恋人の笑顔。それだけでうれしくなる。
「調子はどう? 内定、取れそう?」
「うーん、まだわからない。でもいい感じなの。頑張るわ」
菜緒子の笑顔は調子を物語っているのか、すこぶる輝いているように見える。自分が内定を取った時もこんな感じの軽やかさがあったように思い、克弥まで手ごたえを感じた。
「おう! 早く決めて、一緒に過ごす時間作ってくれよ。俺、寂しいよぉ」
「うわ、聞いてるこっちが恥ずかしい」
「だってさぁ~。お預け期間長すぎ! すっかり溜まってるし!」
菜緒子は「えぇっ!」と顔をしかめた。
「ゲレつ~」
そんな菜緒子に対し、克弥は至って軽快に「なははっ」と笑い、菜緒子の手を握った。
「まぁ、それはさておき、早くメシ食いに行こう」
二人はいつもの居酒屋に入った。
「就職して、給料が貰えるようになったら、洒落たレストランとか行こうな」
「克っちゃん、ゴチってくれるの?」
「トーゼン!」
「ホントかなぁ」
他愛もない話で盛りあがり、二人はやがてレインボーブリッジが望めるホテルにやってきた。
ホテルといってもシティホテルではない。カップルの間で人気のあるファッションホテルだ。全室夜景が楽しめるというのが売りで、一般のホテルでもないカップル専用にもかかわらず予約が必要だった。
二人きりの部屋で寄り添って座り、手をつないで夜景を眺める。バイト代をつぎ込んで予約した効果は絶大で、菜緒子は克弥に寄り添いながらウットリと夜景を眺めている。
「綺麗ねぇ」
「ホント。ムード満点」
「克っちゃん、今までさ、イラついちゃって、ごめんね。八つ当たりとかしちゃったし。怒ってない?」
「怒ってたら会わないよ。就活が大変なのはわかってる。親しいヤツが決めたら焦るのも。明日、頑張れよ」
菜緒子は満面の笑みで元気いっぱい頷いた。
「うん! あのね、克っちゃん。さっき、いいことがあったの。ここに来る前」
「どんな?」
「ウチの最寄り駅で手相占いをしているお爺さんがいるの。そのお爺さん、手相占いだけじゃなく、人相占いもするんだって。私の顔に運気の上昇が見られるから、いいことがあるんじゃないかって。なんかさ、内定、取れそうな気がしてさ!」
「占いねぇ。胡散臭いなぁ。でも、ま、それで気持ち上向きならいいんじゃない? よかったじゃん」
「うん!」
またしても眩しいほどの笑顔。克弥は見惚れるように見つめた。確かに元気いっぱいで、笑顔が輝いている。運気が上昇しているというのもなんとなくわかる気がした。
そんな菜緒子の笑顔に照れつつ、心臓をドキドキさせながら菜緒子の名を呼んだ。
「なに?」
「これ」
リボンが掛けられた包みを手渡す。
「誕生日、おめでとう」
「わっ、ありがとう! うれしい!」
菜緒子ははち切れんばかりに笑い、プレゼントを手にした。
「開けていい?」
「もちろん。早く見てほしい」
菜緒子が封を開け、中を確認する。朱色地に花鳥風月が美しい小さな手鏡だった。
「うわぁ~! かわいい! それにすごく細かくて綺麗! 克っちゃん、高かったんじゃない? こういうの、小さいほうが高価なんだよ?」
克弥ははにかんだように笑い、からくりを白状した。
「今、バイトしてる骨董屋の商品だったんだ。店長がすんごく安くしてくれてさ。その手鏡、物としてはかなりだと思う。でも、俺はそんなに大変じゃなかった! ってことで、万々歳」
「そーなんだぁ、ありがとう。うれしいよ。私、克っちゃんが好き」
「うん。俺も」
見つめ合い、ゆっくりと顔を近づけて唇を重ねる。キスは次第に深くなり、二人を熱くした。どちらからともなく抱き合い、求める。
二人は幸せに満ちた中で恍惚となった。これからなにが起きるのかなど、想像することもなく――