緋の鏡 ~その血は呪いを呼ぶ~
(菜緒子のヤツ、かなりキテたな。面接の失敗、相当なダメージだったのか。そっか。そうだな。受けて落ちるならまだしも、貧血で倒れて受けられなかったなんてショックも大きいよなぁ。納得できないだろうし。可哀相に)
アルバイトを終えて家に帰ってきた克弥はリビングで手鏡を見ていた。
菜緒子を責める気はない。
尋常ではない形相、震え方、最終面接を失敗したという状況。
プレゼントの返却程度で落ち着けるというなら易いものだと思う。大事なのは菜緒子であって、プレゼント自体ではないのだから。
とはいえ綺麗でかわいい手鏡だ。バイト代と相殺して手に入れたものを捨てることもできないと思った。
(男の俺が持っていても仕方ないし。あ~あ、どうしよっか)
そんなことを考えている間に、克弥はソファでウトウトとし始めた。克弥もまた妙な夢で寝不足続きだったからだ。男が駆け落ちしようと誘っている妙な夢。
「克弥、寝るなら部屋で寝なさい」
遠くで母親の声が聞こえるものの、すでに克弥の意識は夢の中に落ちようとしていた。
――逃げよう。
遠くで声がする。それが母親のものではないことは明らかだ。
男の声だからだ。
夢を見ている――そう思う。
暗い世界にいる自分を見ながら、そう知る。
(どこだろう? ここは……)
――なぁ、頼むから。
男の、囁くような声がする。
(あぁ、また、この声か。誰かを誘ってる)
――二人逃げよう。二人で、一緒に。
低く響く男の声。克弥は苛立った。
――夫婦《めおと》になって、二人で暮らそう。
――お前だけだから。愛しているんだ。
(うるせぇなぁ!)
――惚れただけなのに。
その時、ふいにそれが女の声に変わった。
(え? 女?)
――なぜ、こんな目に遭わなきゃならないの?
(女の声だ)
そう呟いた時、克弥は暗い牢屋のようなところに女がいるのを見た。
(これ……)
乱れて汚れた着物を着た女は、結いた髪も同様に汚く乱れ、顔も涙と泥にまみれていた。力なく壁に凭れて項垂れている。
(誰、だ?)
克弥の耳に女の声が響いた。
――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる
(!)
ハッと目が覚めた。以前のことを思い出し、慌てて時計を見ると十時をさしている。克弥は謂われもなくホッと安堵した。
(いつもの時間じゃなかった)
嫌なものが喉から胃に流れていくような感じがする。克弥はしばらくの間ぼんやりしていた。
「お兄ちゃん、どうしたの? 汗、びっしょり」
いきなり頭上から元気な声が降ってきた。妹の真美《まみ》が予備校から帰ってきたようだ。
「ちょっと寝てて……」
「いいなぁ~、内定取った大学生は!」
「……そうだな、頑張れ、受験生」
「ふーんだ」
脹れっ面であかんべーをする真美が、ローテーブルに置かれた手鏡に気づいて手に取った。
「この手鏡、すっごいかわいい! お兄ちゃんの?」
「あぁ、ちょっとな。行き先がなくて困ってる」
「はぁ? それって、貰い手がないってこと?」
「そういうこと」
その瞬間、真美の顔が輝いた。
「欲しい! この細工、かなり高級品だと思うし、綺麗だし! ちょーだい!」
「んー、まぁ、実際はどうでも、俺は安く手に入れたけどな。いいよ。欲しいならやるよ」
「ラッキー。ありがと」
礼を言ってリビングから出ていく妹の背を見送り、せっかく買った手鏡の行き先が決まってよかったと思った。
アルバイトを終えて家に帰ってきた克弥はリビングで手鏡を見ていた。
菜緒子を責める気はない。
尋常ではない形相、震え方、最終面接を失敗したという状況。
プレゼントの返却程度で落ち着けるというなら易いものだと思う。大事なのは菜緒子であって、プレゼント自体ではないのだから。
とはいえ綺麗でかわいい手鏡だ。バイト代と相殺して手に入れたものを捨てることもできないと思った。
(男の俺が持っていても仕方ないし。あ~あ、どうしよっか)
そんなことを考えている間に、克弥はソファでウトウトとし始めた。克弥もまた妙な夢で寝不足続きだったからだ。男が駆け落ちしようと誘っている妙な夢。
「克弥、寝るなら部屋で寝なさい」
遠くで母親の声が聞こえるものの、すでに克弥の意識は夢の中に落ちようとしていた。
――逃げよう。
遠くで声がする。それが母親のものではないことは明らかだ。
男の声だからだ。
夢を見ている――そう思う。
暗い世界にいる自分を見ながら、そう知る。
(どこだろう? ここは……)
――なぁ、頼むから。
男の、囁くような声がする。
(あぁ、また、この声か。誰かを誘ってる)
――二人逃げよう。二人で、一緒に。
低く響く男の声。克弥は苛立った。
――夫婦《めおと》になって、二人で暮らそう。
――お前だけだから。愛しているんだ。
(うるせぇなぁ!)
――惚れただけなのに。
その時、ふいにそれが女の声に変わった。
(え? 女?)
――なぜ、こんな目に遭わなきゃならないの?
(女の声だ)
そう呟いた時、克弥は暗い牢屋のようなところに女がいるのを見た。
(これ……)
乱れて汚れた着物を着た女は、結いた髪も同様に汚く乱れ、顔も涙と泥にまみれていた。力なく壁に凭れて項垂れている。
(誰、だ?)
克弥の耳に女の声が響いた。
――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる
(!)
ハッと目が覚めた。以前のことを思い出し、慌てて時計を見ると十時をさしている。克弥は謂われもなくホッと安堵した。
(いつもの時間じゃなかった)
嫌なものが喉から胃に流れていくような感じがする。克弥はしばらくの間ぼんやりしていた。
「お兄ちゃん、どうしたの? 汗、びっしょり」
いきなり頭上から元気な声が降ってきた。妹の真美《まみ》が予備校から帰ってきたようだ。
「ちょっと寝てて……」
「いいなぁ~、内定取った大学生は!」
「……そうだな、頑張れ、受験生」
「ふーんだ」
脹れっ面であかんべーをする真美が、ローテーブルに置かれた手鏡に気づいて手に取った。
「この手鏡、すっごいかわいい! お兄ちゃんの?」
「あぁ、ちょっとな。行き先がなくて困ってる」
「はぁ? それって、貰い手がないってこと?」
「そういうこと」
その瞬間、真美の顔が輝いた。
「欲しい! この細工、かなり高級品だと思うし、綺麗だし! ちょーだい!」
「んー、まぁ、実際はどうでも、俺は安く手に入れたけどな。いいよ。欲しいならやるよ」
「ラッキー。ありがと」
礼を言ってリビングから出ていく妹の背を見送り、せっかく買った手鏡の行き先が決まってよかったと思った。