人間オークション       ~100億の絆~
―咲月side—

且功からの命令で200億の相手に会うためにバーにきて1時間。全くそれらしい人間は見当たらない。一応、人前で人間オークションなんて言葉を言ったら変な目で見られるかと思い合言葉も決めたがその言葉を発する人間も見当たらない。


「失礼ですがお客様、未成年ではないですか?」
「ああ、そうだ。ただ人と待ち合わせをしている。」
「君のように若くて端正な顔をしている人にはぜひ働いてもらいたいくらいだね。」


周りを見渡すかぎり酔いつぶれている客、発情しているのかこれからホテルにでも行きそうな客。いろんなやつらがいるが俺と会うやつはいなそうだ。だが、賭けに出てみるか……。


「シルバーブレッドを待っている。」
「シルバーブレッド…随分と大人びた人だね。」



これが合言葉だなんて相手はとんだ酒好きだな。



パリン

「……?」



グラスが割れたほうを向くと綺麗な女性が立っていた。もしかしてこの女性が200億か…?



「失礼ですが貴女が200億か…?」
「200億…?随分なあだ名ですね。」


そう言って俺の隣の席に腰をかける。見たところ上品そうではあるが200億の金を回せるような人には見えない。


「私はあるお方の代理でここに来ました。貴女も代理できたのでしょう…?」
「それより、命(みこと)を譲ってほしいというのはどういうことだ?」

「その言葉のままですよ。あのお方はずっと命(みこと)様を探してらっしゃった。偶然、命(みこと)様の居場所が分かり今回のオークションには参加をしたのに手に入らなかったと嘆いておられます。」

「それなら正面から且功をたずねたらどうだ…?」
「それができないからこうして私があなたと話しているのですよ。」



俺はふと疑問に思った。且功に…如月家の跡継ぎであったら直接会いたいと思うものが多いはずだ。だが、この女性の主はそれを拒んでいる。且功と会うとデメリットがあるということか…?それとも……



「それでいつ引き渡していただけますか? 」
「そちらに命(みこと)を渡す予定はありません。只でさえこちらが落札したのに素性もわからないような相手に渡す義理などない。」
「素性…ですか…?それを知ってどうします?」
「なぜそこまでして素性を隠す…?且功様と会うと何か問題でもありますか…?」
「そうですね……どうだと思います…?」



この女は取引になれている。否定も肯定もしない。相手の出方を窺っていてこちらのペースがくずれるのを待っている。



「このままでは話が進みそうにありませんね。」



だが俺も且功に仕えていたことで鍛えられたものがある。それは、観察眼だ。相手の話し方、持ち物、細部に至るまで決して見落とさない。



「それならお互い代理人同士ですし今日はお別れにしましょうか?」
「ああ、その方が良さそうですね。でも代理人でも分かることがあるんですよ?」
「あら、それは何かしら…?」

「あんたの主は神無月家だな……?」
「なにを証拠にそんなことを?」


たしかにやり手に見える女性だが神無月家や如月家のようにバックが大きいところのスパイほど優秀ではあるが失敗を恐れる。だから落とし込みやすい。



「たしかに貴女は優秀なスパイのようですね。でも、本当にプロなら神無月家の紋が入ったものを身につけない方がいい。」
「なんですって…?」

「貴女がつけているイヤリング、遠目に見ればただのアクセサリーだ。でも本当は神無月家が好む富を表すキンポウゲの花だ。お宅のお嬢様が私の主にご執心なもので嫌でも見慣れましたよ、その花は。」
「それで、もし私が神無月家の関係者ならどうするおつもりですか?」

「さあ、私は何もしませんよ。ですがこのことを主に伝え世間に大々的に公表したらどうなりますかね?世界でも名の通る神無月家が悪趣味な人間オークションに関わってることが知れたら。」
「あら、それは怖いですね。でも、あなたの推理は的外れですよ。このアクセサリーは私が好んで身に着けてるもの。」

「貴女がスパイとしてどれだけのキャリアをお持ちかは分かりませんが家の規模が大きければ大きいほど裏切りや失敗は許されない。」
「まあ、それは怖いですね。でも、私をこれ以上責めても何も得られませんよ?私はただ命(みこと)様を譲ってほしいだけなのです。その為なら手段は選ばない。」



その言葉と同時に押し倒され俺の額に固いものが当てられた。それが銃口だと気づくまでに時間はかからない。


「命(みこと)様を譲ってもらえればあなたの命(いのち)を奪うまではしない。早く彼女を渡しなさい。」
「こんなに分かりやすい手段を選ぶとは……貴女はプロのスパイだと自惚れている。道具に頼るのは弱い人間がする行為。追い詰められた人の最後の逃げ道。」

「そうよ、私はプロじゃない。ただ、スパイをしているのは本当。でも守秘義務があるから言えないことが多いの。」
「それなら仕方ないですね。麗亜様を通して貴女の素性を明かしましょう。そうすれば貴女のスパイ生活も終わりです。」



彼女が引き金を引く寸前で手首を叩きみぞおちに蹴りを入れた。暴発した拳銃におどろく客もいたが幸い誰の血も流れてはいない。



「ケホ……あなた、女性の扱いがなってないんじゃない…?」
「でしょうね?女性は嫌いなので。」




「お、おい、兄ちゃん大丈夫か?」
「警察呼んだ方がいいんじゃねえか?」


俺たちの騒ぎに気付いた男が携帯で電話をしようとすると女は舌打ちをしてから店から出て行った。


「逃がしたか……ん…?」



さっきまで女がいたところに小さな紙切れが落ちていた。


「これは……。」
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