人間オークション       ~100億の絆~
覚悟を決めて命(みこと)の病室まで来ると麗亜と咲月が揉めている声が聞こえてきた。

あいつらは病人の前で何をしているんだ。


「この恩知らず。貴方、なんてことをしてくれたの?自分のために私や且功さんのことを利用して……記憶を失くしている命(みこと)まで利用して……。自分が幸せになることだけ考えているつもりなの?」

「麗亜さん、落ち着いてです!咲月さんは何も悪いことは……」
「命(みこと)、咲月のことを庇うのはやめて。今はなにも思い出せないかもしれないけど、分からないかもしれないけれど……咲月は貴方の恋人じゃないの。貴女は利用されているのよ。」

「私を…利用……?」


僕がいない間になにがあった…?咲月が僕たちを利用した…?咲月が命(みこと)の恋人というのはどういうことだ。


「咲月、ちょっと話があるわ。命(みこと)、少しの間席を外すけど大人しくしていて。」
「でも咲月さんは……」

「お願いだから言うことを聞いて!」


何かを考える間もなく僕の足は動いていた。僕のことを且功と分からなければもしかしたら命(みこと)も拒否反応を起こさないかもしれない。

少しでも命(みこと)の世界に映りたい。声を聴きたい。


「その間、僕が彼女の面倒を見る。」
「かつ…」

「僕は如月といいます。初めまして、長月命さん。」

麗亜と咲月が離れる今、他に支えられるのは僕だけだ。如月だと名乗れば命(みこと)もきっと僕だと気づかない。


「わかりましたわ…如月さん、命(みこと)をお願いします。」


僕の考えを察したかのように麗亜が目配せをする。ここで命(みこと)と話して僕が命(みこと)の記憶を呼び戻す。



それが僕に課せられた最後の使命。



「あの……どこかでお会いしたですか?」
「僕は…麗亜や咲月と親しい人間です。君のこともよく話に聞いている。いつも一生懸命に生き、決して諦めることの無い強い心を持つ女の子だと。」

「私は強くないです。でも、お父さんとお母さんが教えてくれた大切な生き方だから。だから2人を信じて同じ生き方をしてるだけです。」

「君は人間オークションで今の家に買われたと聞いた。そのオークションでも君は何にも負けず自分を信じ、命(いのち)ある限り頑張っていたという。その生き方に…彼も関心を抱いたらしい。」

「彼……?」

「君が嫌がる男のことだ。」
「且功さん…?うぅ……」


そう言った途端に頭を抱え蹲る命(みこと)。きっと僕の話を聞いて僕のことを…且功のことを考えている。無理な荒療治をする気はない。でも、命(みこと)が僕のことを嫌いじゃないなら…思い出したいと思ってくれているなら僕は今までのことを話したい。僕が命(みこと)に抱いていた思いを。僕が命(みこと)にもらった思い出を。

「頭が…痛むのか?」
「且功さんのこと思い出そうとすると…こうなるの。咲月さんは、且功さんという人は麗亜さんの婚約者だって言ってた。でも、私は…私の身体は且功さんのことを知ってる。私の中のどこかに隠れてる。私はそれを知りたい。よく分からないけど、きっと大切な記憶だから。」


自分の身体を痛めてまで僕のことを考えていることに涙が出そうになった。自分にとって痛みを…苦しみを与えるような存在である僕を必死に思い出そうとしている。


「僕が君に今までのことを教えてあげます。且功さんと命(みこと)さんの出会いから、今、彼が思う心まで。」
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