僕の月
第9話
「で、お前ら付き合うことになったんだな。」
「ああ。」
「おめでとー!もう、沙夏が逃げたって聞いたときにはどうなるかと思ったよ。」
「ちっ。にやにやしやがって。むっつり。」
「うるさいぞ。ちび。」
「てめえ、言ったな。」
「お前が先に言ったんだろ。」
どつかれる覚悟をして琉希には僕から話をしたが、意外にも少し安心したような顔をした。きっと彼なりに心配してくれていたのだろう。沙夏への気持ちは、完全に消えたわけではないが、今は部活のことで精一杯なのと、奈波が沢山なぐさめてくれたらしく、ふられたことに関してはほとんど立ち直っていた。けど、やっぱり尻は蹴られ、いつも通りの日常に戻った。
「宗一郎、一緒に帰ろう。」
「今日、部活は?」
「今日は休み!顧問が体調崩したみたいでさ。」
「そうか。久しぶりだな。二人で帰るのは。」
「そうだね。今までずっと琉希と帰ってたから。」
「うん。」
そうか。二人は同じ部活だから、元々仲が良かったんだよな。一緒に帰っていてもおかしくないのか。付き合い始めてから僕は、琉希へのモヤモヤが大きくなった気がする。琉希だけじゃない。沙夏が教室で男子と話していると、心臓が跳ねて目をそらしたくなる。ずっと僕のそばにいてほしいってのが本音だけど、沙夏を束縛するのは気が引ける。こういうとき、何て言えば良いのか分からない。
「宗一郎?何か悩みでもあるの?すごく暗い顔してるよ。」
「いや、なんでもない。」
「そう?あのさ、何か思ってることがあるなら言ってほしい。小さな事でも良いから、私は宗一郎の考えてることが知りたい。」
「そうか。」
「うん。」
「沙夏、これからは毎日僕と帰ろう。部活が終わるまで図書館で勉強でもして待ってる。」
「え、いいの?結構遅くまでかかっちゃうかもしれないよ。」
「ああ。」
「もしかして、琉希と帰ってるのが嫌だったとか?」
ほんとに、この兄妹は妙なところで鼻がきくから困るのだ。
「そうだよ。僕はちょっとしたことで嫉妬をするみたいだ。こんなこと初めてだから、この気持ちをどこにやればいいのか分からない。」
沙夏のことが大事だから、全部慎重になる。そして、たまに周りが見えなくなっていることに気がついた。
「それ、私はすごく嬉しい。嫉妬が苦手って人もいるけど、私は宗一郎が嫉妬してくれることは、嫌じゃないよ。もちろん、我慢はしてほしくないから、ちゃんと言ってほしい。それはさ、私達の約束にしよう。気持ちを伝えるのが苦手だって分かってるけど、これは私のわがままでもあるの。だめかな。」
「いや、だめじゃない。僕も頑張って伝えるよ。」
彼女はそうやっていつも僕に歩み寄ってくれる。親父のせいで、幼い頃に人間不信になった僕は、ずっと他人と深く関わることを避けていた。冬樹と出会うまでは。そして冬樹を失った傷を沙夏は癒やして、閉ざされた僕の心を簡単に解いてくれた。今度は僕が変わる番だ。守ると決めたこの絆のために。
「宗一郎、ここ分からない。」
「ん?どこ?」
「うひゃあっ。」
変な声が出てしまった。私はこの人、三崎宗一郎と付き合っている。今叫んだのは、耳元で宗一郎が話したから、ちょっとびっくりしただけ。それで、中間試験のために宗一郎の 家で苦手な数学を教えてもらっている最中だ。
「ごめん。足踏んだか?」
「い、いや。そうじゃないよ。けど大丈夫。」
「そうか。」
今日も彼の笑顔の破壊力は半端ない。一人で宗一郎の家に来たのは初めてだから、正直めちゃくちゃ緊張している。彼に思ったことはちゃんと言ってほしいと言ったくせに、緊張していることを彼に伝えられない私は、少しずるいなと思う。でも、本当にかっこよくて、ペンを持って参考書に目を通す姿に、ずっとドキドキしてしまう。肌寒くなって、羽織ったカーディガンも似合うなあ。
「ねえ、ちょっと疲れちゃった。休憩しない?」
「さっき休憩したばっかだろ。」
「だって~。」
そう言いながらも頭をなでてコーヒーを入れに行ってくれる。彼に告白されたとき、心臓が飛び出るかと思った。あの日、逃げてしまった事は本当に申し訳ないと思っている。恥ずかしかったのもあるけれど、自分に自信がなかったのだ。
高校一年の頃、誰がかっこいいだとか、好きだとかそんな話で盛り上がっていたときのことだった。
「私は、この学年だったら、琉希君かな。バスケ部だし、かっこいいじゃん。ちょっと身長低いけど。」
「私は、智也かな~。結構遊んでるって噂だけど、この間重い荷物運ぶの手伝ってくれて、いいなって思った。」
「沙夏は?」
「ん~。私は特にいないかな。好きになった人がタイプって感じ。」
「へ~そうなんだ。じゃあさ、逆にないなって思う男子は?」
「私は小林かな~。だってなんか空気読めないじゃんあいつ。」
「え、私、断然三崎なんだけど。まじあいつ暗すぎな。いっつも教室の隅で何かしてるじゃん。」
「あ~、分かるかも。もしかしたら、エロ本でも読んでんじゃない?」
「うっわキモ~。陰キャでむっつりとか最悪なんですけど。ねー、沙夏。」
「そうかな?よく分かんないや。」
確かに、いつも本を読んでるなと思ってたけど、そう言われてみれば何の本を読んでるんだろう。ちょっと気になって彼の近くまで行って、背伸びをしてのぞき見をした。それは、お兄ちゃんも好きって言ってた、国木田独歩の春の鳥だった。相当読書好な兄だったから、三崎君も同じなんだろうな。そう思って、時々、宗一郎の本を後ろから密かに覗いた。そしたら、宗一郎の読んでいた本は殆どお兄ちゃんの好きだった本と一緒だった。森鴎外、中島敦、中原中也。お兄ちゃんが言っていた作家だ。それから彼のことが気になり始めた。そしてある日、ふわっと風が吹いたとき、窓辺の席に座る彼の前髪が流れ、目元が見えた。その瞳には、綺麗な涙が浮かんでいた。小説を読みながら、泣いていたのだ。感動するシーンがあったのだろう。けど彼はそれをぐっとこらえて、また次の本を読み始めた。そしたら今度はふわりと優しい笑みを浮かべたのだ。その瞬間私は宗一郎に恋に落ちた。あの笑顔を見たのが私だけで良かったと思っている。それくらい彼は魅力的な人で、誰がなんと言おうと優しいのだ。もちろん、顔もかっこいいし、声も、落ち着いてるけど不器用な性格も、今は大好きだ。
それで何の取り柄もない自分と、宗一郎が不釣り合いな気がしたのだ。私の取り柄と言ったら、誰とでも仲良くなれることくらいしかない。その取り柄があったからこそ宗一郎と仲良くなれたのかもしれないけれど、宗一郎が褒めてくれるほど私は魅力的な女の子じゃない。この間だって。
「三崎君、あの、連絡先交換してくれないかな。」
そう女子に言われて断っているのを見かけた。二年になって、琉希に無理矢理美容室に連れて行かれたため、前髪が短くなり、もて始めたのだ。一年の頃は宗一郎のこと、暗いとか言ってたくせに、かっこいいって気付いた瞬間この手の平返し。正直、むかつくし、嫉妬してばっかりだ。
そんなこんなで最近はさらに自信を失っている。
「沙夏?コーヒーできたけど、飲まないの?」
「うん。飲む。」
「約束、沙夏が忘れてるぞ。」
「え?」
「我慢しないって。」
「あ。」
どうも最近、沙夏の元気がない。僕に我慢するなって言ったけれど、我慢しているのは沙夏じゃないのか。
「宗一郎が、最近もてるから、嫉妬してる。」
「いや、僕はもててない。」
「もててるもん。だって、この間連絡先聞かれてたし、体育館裏で告白されたことも知ってるし。」
「それだけだ。三人に比べたら、僕のはもてているうちに入らない。僕が好きなのはこれからもずっと沙夏だから。守るって決めたんだ。」
「うう~。」
「沙夏の言った通りだな。嫉妬されるのって、少し嬉しいよ。けど、沙夏が元気がないのは僕も嫌だ。僕に出来る事があるなら言って。」
沙夏が笑ってくれるのなら、僕は何だってする。
「じゃあ、ちょっとだけ甘えたい。」
「うん。おいで。」
本当にこんなことで良いのだろうか。これじゃあ僕にとって、褒美でしかない。
「う~。なんか宗一郎が遠く感じるよ~やだ~。私の彼氏だもん。ずっとそばにいてくれなきゃ許さない。」
ソファーに座る僕の胸に顔をうずめて、なにやら可愛いことをずっと言っている。本人は文句を言っているつもりだろうが、可愛すぎる。語彙力を失うのも察していただけるであろう。僕はめがねを外して前髪を掻き上げ、ぐりぐりと頭を押しつけている沙夏を抱きしめた。背中をぽんぽんしてやると、
「ねえ、子ども扱いしてるでしょ。」
そう言って頬を膨らます。愛おしいなと思い、沙夏の顔を両手で優しく包み込んで、おでこにキスをした。耳まで真っ赤にしている。こんなに純粋で華奢で、僕なんかが踏み込んだら壊れてしまいそうなのに、沙夏は僕よりずっと強い。本当は守ってあげたいだなんて言える立場じゃないのかもしれない。
「ねえ、沙夏。好きだよ。」
「なにそれ、ずるいよ。今言うの?」
「沙夏は?」
「私も、好き。私は、大好きだもん。」
勝ったとでも言いたそうににこにこしている。僕は思わず笑ってしまった。
「何笑ってんのよ。」
僕は向かい合って膝の上に座っていた沙夏の髪を優しくなで、キスをした。何回も何回も、僕の気持ちの分だけしてやろうと思い、沙夏をそのままソファーに押し倒し、唇から、首筋へ。やっぱりさっきより赤くなっているけれど、おとなしく僕にされるがままな沙夏。これ以上はだめだ。僕の理性がもたない。そう感じた僕はもう一度おでこにキスをして、沙夏を起き上がらせ、優しく抱きしめた。心臓の音がすごい。少しだけ汗も掻いている。ちょっとやり過ぎたかもしれない。本当はこのまま沙夏をめちゃくちゃにしたい。けど、大切にするって決めたから、今は我慢しなければならない。僕は頭の中で必死に親父の顔を思い浮かべた。よし。萎えた。
「問題集、続きやるよ。」
「うん。」
もう、勉強になんか集中できなかった。
「ああ。」
「おめでとー!もう、沙夏が逃げたって聞いたときにはどうなるかと思ったよ。」
「ちっ。にやにやしやがって。むっつり。」
「うるさいぞ。ちび。」
「てめえ、言ったな。」
「お前が先に言ったんだろ。」
どつかれる覚悟をして琉希には僕から話をしたが、意外にも少し安心したような顔をした。きっと彼なりに心配してくれていたのだろう。沙夏への気持ちは、完全に消えたわけではないが、今は部活のことで精一杯なのと、奈波が沢山なぐさめてくれたらしく、ふられたことに関してはほとんど立ち直っていた。けど、やっぱり尻は蹴られ、いつも通りの日常に戻った。
「宗一郎、一緒に帰ろう。」
「今日、部活は?」
「今日は休み!顧問が体調崩したみたいでさ。」
「そうか。久しぶりだな。二人で帰るのは。」
「そうだね。今までずっと琉希と帰ってたから。」
「うん。」
そうか。二人は同じ部活だから、元々仲が良かったんだよな。一緒に帰っていてもおかしくないのか。付き合い始めてから僕は、琉希へのモヤモヤが大きくなった気がする。琉希だけじゃない。沙夏が教室で男子と話していると、心臓が跳ねて目をそらしたくなる。ずっと僕のそばにいてほしいってのが本音だけど、沙夏を束縛するのは気が引ける。こういうとき、何て言えば良いのか分からない。
「宗一郎?何か悩みでもあるの?すごく暗い顔してるよ。」
「いや、なんでもない。」
「そう?あのさ、何か思ってることがあるなら言ってほしい。小さな事でも良いから、私は宗一郎の考えてることが知りたい。」
「そうか。」
「うん。」
「沙夏、これからは毎日僕と帰ろう。部活が終わるまで図書館で勉強でもして待ってる。」
「え、いいの?結構遅くまでかかっちゃうかもしれないよ。」
「ああ。」
「もしかして、琉希と帰ってるのが嫌だったとか?」
ほんとに、この兄妹は妙なところで鼻がきくから困るのだ。
「そうだよ。僕はちょっとしたことで嫉妬をするみたいだ。こんなこと初めてだから、この気持ちをどこにやればいいのか分からない。」
沙夏のことが大事だから、全部慎重になる。そして、たまに周りが見えなくなっていることに気がついた。
「それ、私はすごく嬉しい。嫉妬が苦手って人もいるけど、私は宗一郎が嫉妬してくれることは、嫌じゃないよ。もちろん、我慢はしてほしくないから、ちゃんと言ってほしい。それはさ、私達の約束にしよう。気持ちを伝えるのが苦手だって分かってるけど、これは私のわがままでもあるの。だめかな。」
「いや、だめじゃない。僕も頑張って伝えるよ。」
彼女はそうやっていつも僕に歩み寄ってくれる。親父のせいで、幼い頃に人間不信になった僕は、ずっと他人と深く関わることを避けていた。冬樹と出会うまでは。そして冬樹を失った傷を沙夏は癒やして、閉ざされた僕の心を簡単に解いてくれた。今度は僕が変わる番だ。守ると決めたこの絆のために。
「宗一郎、ここ分からない。」
「ん?どこ?」
「うひゃあっ。」
変な声が出てしまった。私はこの人、三崎宗一郎と付き合っている。今叫んだのは、耳元で宗一郎が話したから、ちょっとびっくりしただけ。それで、中間試験のために宗一郎の 家で苦手な数学を教えてもらっている最中だ。
「ごめん。足踏んだか?」
「い、いや。そうじゃないよ。けど大丈夫。」
「そうか。」
今日も彼の笑顔の破壊力は半端ない。一人で宗一郎の家に来たのは初めてだから、正直めちゃくちゃ緊張している。彼に思ったことはちゃんと言ってほしいと言ったくせに、緊張していることを彼に伝えられない私は、少しずるいなと思う。でも、本当にかっこよくて、ペンを持って参考書に目を通す姿に、ずっとドキドキしてしまう。肌寒くなって、羽織ったカーディガンも似合うなあ。
「ねえ、ちょっと疲れちゃった。休憩しない?」
「さっき休憩したばっかだろ。」
「だって~。」
そう言いながらも頭をなでてコーヒーを入れに行ってくれる。彼に告白されたとき、心臓が飛び出るかと思った。あの日、逃げてしまった事は本当に申し訳ないと思っている。恥ずかしかったのもあるけれど、自分に自信がなかったのだ。
高校一年の頃、誰がかっこいいだとか、好きだとかそんな話で盛り上がっていたときのことだった。
「私は、この学年だったら、琉希君かな。バスケ部だし、かっこいいじゃん。ちょっと身長低いけど。」
「私は、智也かな~。結構遊んでるって噂だけど、この間重い荷物運ぶの手伝ってくれて、いいなって思った。」
「沙夏は?」
「ん~。私は特にいないかな。好きになった人がタイプって感じ。」
「へ~そうなんだ。じゃあさ、逆にないなって思う男子は?」
「私は小林かな~。だってなんか空気読めないじゃんあいつ。」
「え、私、断然三崎なんだけど。まじあいつ暗すぎな。いっつも教室の隅で何かしてるじゃん。」
「あ~、分かるかも。もしかしたら、エロ本でも読んでんじゃない?」
「うっわキモ~。陰キャでむっつりとか最悪なんですけど。ねー、沙夏。」
「そうかな?よく分かんないや。」
確かに、いつも本を読んでるなと思ってたけど、そう言われてみれば何の本を読んでるんだろう。ちょっと気になって彼の近くまで行って、背伸びをしてのぞき見をした。それは、お兄ちゃんも好きって言ってた、国木田独歩の春の鳥だった。相当読書好な兄だったから、三崎君も同じなんだろうな。そう思って、時々、宗一郎の本を後ろから密かに覗いた。そしたら、宗一郎の読んでいた本は殆どお兄ちゃんの好きだった本と一緒だった。森鴎外、中島敦、中原中也。お兄ちゃんが言っていた作家だ。それから彼のことが気になり始めた。そしてある日、ふわっと風が吹いたとき、窓辺の席に座る彼の前髪が流れ、目元が見えた。その瞳には、綺麗な涙が浮かんでいた。小説を読みながら、泣いていたのだ。感動するシーンがあったのだろう。けど彼はそれをぐっとこらえて、また次の本を読み始めた。そしたら今度はふわりと優しい笑みを浮かべたのだ。その瞬間私は宗一郎に恋に落ちた。あの笑顔を見たのが私だけで良かったと思っている。それくらい彼は魅力的な人で、誰がなんと言おうと優しいのだ。もちろん、顔もかっこいいし、声も、落ち着いてるけど不器用な性格も、今は大好きだ。
それで何の取り柄もない自分と、宗一郎が不釣り合いな気がしたのだ。私の取り柄と言ったら、誰とでも仲良くなれることくらいしかない。その取り柄があったからこそ宗一郎と仲良くなれたのかもしれないけれど、宗一郎が褒めてくれるほど私は魅力的な女の子じゃない。この間だって。
「三崎君、あの、連絡先交換してくれないかな。」
そう女子に言われて断っているのを見かけた。二年になって、琉希に無理矢理美容室に連れて行かれたため、前髪が短くなり、もて始めたのだ。一年の頃は宗一郎のこと、暗いとか言ってたくせに、かっこいいって気付いた瞬間この手の平返し。正直、むかつくし、嫉妬してばっかりだ。
そんなこんなで最近はさらに自信を失っている。
「沙夏?コーヒーできたけど、飲まないの?」
「うん。飲む。」
「約束、沙夏が忘れてるぞ。」
「え?」
「我慢しないって。」
「あ。」
どうも最近、沙夏の元気がない。僕に我慢するなって言ったけれど、我慢しているのは沙夏じゃないのか。
「宗一郎が、最近もてるから、嫉妬してる。」
「いや、僕はもててない。」
「もててるもん。だって、この間連絡先聞かれてたし、体育館裏で告白されたことも知ってるし。」
「それだけだ。三人に比べたら、僕のはもてているうちに入らない。僕が好きなのはこれからもずっと沙夏だから。守るって決めたんだ。」
「うう~。」
「沙夏の言った通りだな。嫉妬されるのって、少し嬉しいよ。けど、沙夏が元気がないのは僕も嫌だ。僕に出来る事があるなら言って。」
沙夏が笑ってくれるのなら、僕は何だってする。
「じゃあ、ちょっとだけ甘えたい。」
「うん。おいで。」
本当にこんなことで良いのだろうか。これじゃあ僕にとって、褒美でしかない。
「う~。なんか宗一郎が遠く感じるよ~やだ~。私の彼氏だもん。ずっとそばにいてくれなきゃ許さない。」
ソファーに座る僕の胸に顔をうずめて、なにやら可愛いことをずっと言っている。本人は文句を言っているつもりだろうが、可愛すぎる。語彙力を失うのも察していただけるであろう。僕はめがねを外して前髪を掻き上げ、ぐりぐりと頭を押しつけている沙夏を抱きしめた。背中をぽんぽんしてやると、
「ねえ、子ども扱いしてるでしょ。」
そう言って頬を膨らます。愛おしいなと思い、沙夏の顔を両手で優しく包み込んで、おでこにキスをした。耳まで真っ赤にしている。こんなに純粋で華奢で、僕なんかが踏み込んだら壊れてしまいそうなのに、沙夏は僕よりずっと強い。本当は守ってあげたいだなんて言える立場じゃないのかもしれない。
「ねえ、沙夏。好きだよ。」
「なにそれ、ずるいよ。今言うの?」
「沙夏は?」
「私も、好き。私は、大好きだもん。」
勝ったとでも言いたそうににこにこしている。僕は思わず笑ってしまった。
「何笑ってんのよ。」
僕は向かい合って膝の上に座っていた沙夏の髪を優しくなで、キスをした。何回も何回も、僕の気持ちの分だけしてやろうと思い、沙夏をそのままソファーに押し倒し、唇から、首筋へ。やっぱりさっきより赤くなっているけれど、おとなしく僕にされるがままな沙夏。これ以上はだめだ。僕の理性がもたない。そう感じた僕はもう一度おでこにキスをして、沙夏を起き上がらせ、優しく抱きしめた。心臓の音がすごい。少しだけ汗も掻いている。ちょっとやり過ぎたかもしれない。本当はこのまま沙夏をめちゃくちゃにしたい。けど、大切にするって決めたから、今は我慢しなければならない。僕は頭の中で必死に親父の顔を思い浮かべた。よし。萎えた。
「問題集、続きやるよ。」
「うん。」
もう、勉強になんか集中できなかった。