僕の月

第3話

「待って、二人とも。まじで歩くの早すぎる。」
「すまない。少し休憩させてくれ。」
「なにやってんだよお前ら。体力なさすぎるだろ。分かった。もうちょい先にベンチあるからそこで休憩な。」
「宗一郎、やっぱり体力ないのね。」
「相沢さんと琉希が体力ありすぎなだけだ。」
「そうだよー。うちらインドア派は階段上るのにも一苦労なんだから。さすが運動部だけどさ。そうっちは何も運動してないよね。」
「ああ。」
「お前ら少しは体動かせよ普段から。」
「あっベンチあったよ。ほら、宗一郎しっかり歩いて。」
そう言って僕の腕をつかみ、引っ張る。後ろから鋭い視線が送られていることには気づいていた。だが、相沢さんのすることは僕には拒めない。
「けっ。体力がないのをいいことに沙夏に触ろうって魂胆が見え見えなんだよこのむっつりが。いいよな、体力ない奴は。」
さっきまで運動しろとか言ってなかったか、こいつ。今はうちの学校で毎年恒例の、山登り中だ。そのあとに各班、自分たちでカレー作り。夜にはキャンプファイヤーもあるらしい。
「ねえ、そういえば私たちのことも名前で呼んでよ。琉希だけずるいじゃん。」
「ああ、奈波?」
「私は?」
「ええっと、さ、な。」
「えー、ちょっと。何その照れてる感じ。私の名前はめっちゃ簡単に言ったくせにー。ああって何よああって。もう分かりやすいよねーほんと。」
「お前、やっぱ沙夏のこと好きなんだな。認めねえぞ。俺は。絶対に。」
いつもの光景だ。
「別にそうじゃない。今までずっと相沢さんだったから、急に呼ぶのは気恥ずかしいだけだ。」
「へえー?そうなの。宗一郎。」
何度こうやってにやにやしながらのぞきこまれたことか。僕が心の支えになりたいと思っていたのに、本当はこの笑顔に僕が支えられている。辛かったことも、沙夏の顔を見ると忘れられた。今は、沙夏だけじゃない。奈波と琉希にも。
「おい宗一郎、行くぞ。もう休憩終わりだ。」
「ああ。」
また四人で歩き出した。そのあとに僕の作った弁当を食べ、皆おいしいと全部食べてくれた。

その日の夜、キャンプファイヤーを見ながら、沙夏と二人でいろんな話をしていると、突然後ろから、ドーンと奈波に二人まとめて肩を寄せられた。
「何よ、突然。どうしたの。」
「いやあ、お二人さんがカップルみたいにいちゃいちゃしてたから邪魔してやろうと思って~。」
最低か。まあ、いいのだが。
「琉希は?」
「今シャワー浴びに行った。キャンプファイヤーではしゃぎすぎて汗かいたらしい。さっきお風呂入ったのにばかよね。」
「奈波はどこ行ってたのよ。」
沙夏が聞くと、ちょっとばつが悪そうな顔をした。
「それがさ、ふられちゃったの。」
「え。」
二人ともあっけにとられたのを覚えている。
「誰に?」
僕は余計なことを聞いてしまったと後悔した。
「ごめん、言いたくなければ言わなくていい。」
「いや、いいのよ。琉希だから。」
「へ?」
「そんなに驚く?」
「てか宗一郎、気づいてなかったの?」
「これだから鈍い奴は。さっき、琉希に告白したの。そしたら、私のこと、そんな風に見たことないって言われちゃって。あと、好きな人がいるって。」
それは僕も知ってる。沙夏もきっと気づいているだろう。はっとして沙夏の顔を見ると、目にいっぱい涙をためて、奈波を見つめていた。
「奈波。あんた、頑張ったね。勇気出してやっと伝えたのね。ずっと好きだったんだもんね。あいつ。ありえない。だって、奈波って読モだよ?しかも女子力高いし、優しいし、ちょっと馬鹿だけど友達思いなのに。」
「大丈夫か。」
奈波の大きな瞳から涙が流れる。そして僕たちにすごい勢いで抱き着いて泣きじゃくった。
「沙夏ー、そうっちー、ありがとうー。あと、馬鹿は余計だよー。そうっちも、もっと慰めの言葉はないのかこの無神経ー。」
女子二人が大号泣しながら僕に抱き着いているような絵面になり、帰ってきた琉希にどん引きされた。お前のせいなんだぞ。
 
「お前、奈波に何か聞いたろ。」
布団に入り、眠りにつこうとしていると、琉希が話しかけてきた。二人部屋だったから、良いだろうと思い、さっきのことを話した。
「俺は沙夏が好きだ。だからあいつの気持ちには答えらんねえ。けど、奈波は幼馴染として、家族みたいにめちゃくちゃ大事に思ってる。まさか俺のこと好きだったなんてびっくりしたけどな。あ、お前のことも友達として大切だぜ?ついでだけど。」
「そうか。」
「相変わらずリアクション薄いな。まあいい。それで、お前はどうなんだ。」
「何が。」
「何がって、沙夏のこと、好きなんだろ。」
「好きだが、お前と同じ好きではない。友達として、特別に思っている存在だ。」
「お前、自分で気づいてないのか。沙夏と話してる時のお前の顔、だれが見たって好きな奴を見る顔だぜ。否定できねえからな。」
「そうなのか。僕は今まで人を好きになった事がないから、それがどういう感情なのかわからないんだ。」
「沙夏だって、」
そう言って琉希は僕の腹に思いっきり枕を叩きつけた。
「いって。何すんだ。」
僕は反射的に琉希の顔めがけて投げ返した。
「てめえ、やったなこの野郎。」
「お前が先にやったんだろ。」
そこから大乱闘が始まり、周りの男子部屋からもなんだなんだと集まってきて、僕たちの部屋で枕投げ合戦となった。そこから疲れるまで皆で大暴れして、僕らの部屋で男子の恋話が始まった。男の恋話なんて、聞けたもんじゃないと思っていたが、意外にも面白かった。
「ていうか、三崎ってもっととっつきにくい奴かと思ってたけど、全然そんなことねえんだな。まあ、琉希たちといるくらいだもんな。つうか、眼鏡とったらイケメンなんじゃね?」
「まさかの漫画である展開的な?よし。みんな、こいつの眼鏡奪え。」
とっつきにくいのは昔からだ。それに、
「奪わなくても普通に取る。」
そんな期待するなと心でつぶやきながら、僕は眼鏡を外した。
「誰かに似てる気がするな。あの作家のイケメンの人。なんとか裕一郎?」
まあ、父だからな。あいつは結構メディアにも出ているから、知っていて当然だろう。
「は。くっそイケメン。」
「なんだよお前、そんな武器隠し持ってたのかよ。」
それは初めていわれたが、お世辞でも嬉しい。隣の琉希を見ると、ちょっと不機嫌そうに、まあ整ってるほうなんじゃねえのとそっぽを向いた。すごく楽しい夜だった。次の日、部屋に見回りに来た先生に畳に転がる僕たちと大量の枕が見つかり、風呂掃除をさせられたことも良い思い出だった。
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