戻ってきたんだ…(短編)
確かに、生前の僕なら怒っていたかもしれない。
…いや、怒るか?
自分の中で紗梨奈に怒った記憶はあまりないんだけど。
どっちかって言えば紗梨奈の方がよく怒っていたような…。
コーヒーを見つめながらそんなことを考えていると。
紗梨奈も椅子に腰掛けて、両手でカップを持ちながら小さく笑った。
「翔の怒り方って一番恐いパターンだよね」
「なんだよ、一番恐いパターンって」
「特に怒鳴るわけでもなく、静かに嫌味を言えるだけ言って、無視」
「なっ…」
「一週間は口きいてくれないんだよね」
「お前なぁ――……」
いい加減反論しようと口を開き、途中まで言いかけて言葉に詰まった。
――…いや、正確には言葉を発することができなかった。
言いたいことは山ほどあるのに。
『お前は怒ると殴ってくるくせに』
そう文句の一言でも。
『それにひきかえ僕は平和的だろう?』
そう屁理屈の一つや二つ言ってやりたいのに。
「……紗梨奈」
「ん?」
ただ、名前を呼ぶことしかできない。
何も言えなくなる。
「泣くなよ…」
そんな表情(カオ)されたら、何も言えるわけないだろ…。
彼女の頬に伝う涙を、そっと指先で拭ってやれば、
彼女は驚いたように目を見開いた。
「え…私、泣いてなんか……あれ…?」
彼女は苦笑しながら焦ったように目を袖でごしごしと擦る。
それでも紗梨奈の瞳からは次から次へと涙が溢れて、
堪えきれない分がテーブルにいくつか落ちた。
「……紗梨奈………」
僕は彼女の名前を呼びながら椅子から立ち上がる。
そして、
「ごめん…大丈夫、大丈夫だから………」
泣きながら必死に笑顔をつくる彼女を、なるべく優しく抱き締めた。