悪役令嬢に転生した元絵師は、異世界でもマイペースを崩さない
そうこうしているうちにまたまた時は過ぎ、穏やかに3ヶ月が過ぎようとしていた(早っ)。
チャイムがなる直前に教室に入り、チャイムがなったと同時に席を立つ。
それがキヨノの毎日のルーチンワークになりつつあった。
休み時間はトイレに、昼休みは温室という名の秘密の隠れ場に避難する。
キヨノは学園生活において、ヒロインや攻略対象と、授業以外の接触を避けるべく必死で行動していた。
騎士学科には2学年含めて、キヨノしか女子生徒はいない。
そのため、騎士学科のある棟に女子トイレは一箇所しかないのだが、言い換えれば、トイレに逃げ込めばキヨノは一人の空間を確保できるということなるのである。
幸い、この世界のトイレは、さすが貴族の令嬢と令息が通う学校のトイレと言うべきか、とても清潔で美しい。
パウダールームを完備していてとてもくつろげる空間なのだ。
日本製のゲームだから、電気もあるし水道もある、とてもご都合主義的な仕様。
このような設定にしてくれたことだけは、シナリオライターの滋子に感謝感謝である。
入学から3ヶ月が経過する今、ヒロインであるナナミンは魔法学科でその可愛らしさを振り撒いていることがわかった。
その実力と評判は騎士学科のキヨノの耳に届くまでになっている。
彼女は平民とはいえ、魅力的な容姿に加えて、確かな魔法の実力を持っているらしい。
そのため、自分達の派閥もしくは家系に優秀な遺伝子を取り込もうと、一部の貴族男子達がナナミンを落としにかかっているらしいのだ。
その群れは、いつしかナナミンファンクラブとも言える様相を呈し始めている。
もちろん、ナナミンが望んで作りだしたものではないのだろう。
しかし、彼女は取り巻きを侍らせるだけでなく、貢がせ、時には足として使うなど、割とやりたい放題のようだ。
こちらはゲームストーリーからは乖離している部分だ。
ついには、その様子を傍観していたらしい、王太子のヒロム·パスウェイや側近のチヒロ·ホークス、リオン·スプリングスにまで粉をかけているらしく、アシゲールを代表とした上位の令嬢達から注意を受けている(隣の席のリオンからのいらぬ情報)。
滋子以外のソックリさん達の名前が、全員、前世と同じ名前であったことはキヨノにとって驚きの事実ではあった。
しかし、そこは"同名でも赤の他人”という絶望設定により、清乃を悪役令嬢化させるための設定の一部なのだろう思っている。
関わらないと決めたのに、ヒロインの動きや、悪役令嬢ムーブをかまし始めたアシゲールの様子が気になって仕方がない。
騎士学科の自分は、このまま知らん顔で2年間を過ごせばいい。
そのためだけに、この3ヶ月間、脇目もふらず剣の腕と魔法の実力を高めることに専念してきたはずだ。
しかし、振り返れば、そのせいで友達の一人もできず、残っているのは手のひらにできた厚い剣ダコと割れた腹筋·固い上腕二頭筋だけだった(悲しすぎる)。
「滋子が断罪されなきゃいいけどなぁ」
いつも通り、昼休みに逃げ込んだ温室で花の絵を描きながら、キヨノはポツリと呟いた。
「君が描いたのか?デッサンが良くできている」
その時、懐かしい低音イケボが耳をくすぐった。
この声をキヨノが聞き違えるはずはない。
愛しいその声に、キヨノの涙腺は一気に緩みそうになる。
「こちらには滅多に人は来ないため油断しておりました。ホークス様がご使用とあらば私は退散いたします」
この3ヶ月、執拗に関わるのを避けてきた。
声を聞いたら、その目に見つめられたら抱きしめずにはいられないだろうから。
「その必要はない。どちらかというと、俺のほうが君の邪魔をしてしまったのだからな。それよりも驚いた。君は俺のことを認識していたのか?」
「氷の宰相候補、チヒロ·ホークス様を知らない者はおりません」
痛い通り名はこの際目を瞑るとして、チヒロ·ホークスは王太子の将来の側近候補であることは間違いない。
現宰相であるホークス公爵の次男で、王子の次に優良物件だ。
もちろん、ヒロインであるナナミンも目をつけていることだろう。
その上、彼の父であるホークス公爵は、現国王の王妹の夫で、優しく知性的なイケオジだと有名な方だ。
現世のチヒロの両親が素敵な人で良かった、とキヨノが人知れず嬉しく思っていたことは内緒だ。
前世の千紘は、不幸な生い立ちだったから。
「君も騎士学科の魔性の男装令嬢として有名だろう。絵の才能まであったとは驚きだったが」
「私はあるものを模写することしかできません。だから才能なんて言えるものはとても···」
「いや、君の絵には暖かさがある。俺は好きだな」
同じ声、同じ表情で微笑まれても、所詮は違う人間。
千紘のようであっても別人、近づきすぎては自分が傷つくのだ。
キヨノは心を抉られながらも、魔性の微笑みとやらを浮かべてチヒロに言った。
「ありがとうございます。ですが、一端の騎士とはいえ、情けなくも絵に癒やされる時間を大切にしているなどと噂が立っては困ります。どうか内密に」
「俺とキヨノ···孃だけの秘密だな。了解した」
前世と同じように、何気なく名前を呼ばれて、鍛えられた胸が悲鳴を上げる。
「···それでは、昼休みが終わりますゆえ」
「また、ここで会えるだろうか?」
チヒロの問いかけにキヨノは答えない。
「縁があれば」
チヒロは千紘ではない。
攻略対象と悪役令嬢が関われば断罪はマストだ。
どちらに転んでも不幸しかもたらさないだろう。
そう、キヨノは繰り返し繰り返し自分に言い聞かせることでしか自分を保てなかった。
なんで前世の記憶なんて持って生まれ変わったのだろう。
なんで、同じ容姿、同じ声の人物がいるのに、それがあの人達ではないのだろう。
キヨノは閉まる温室のドアを背に、涙をこらえて教室までひた走るのだった。
チャイムがなる直前に教室に入り、チャイムがなったと同時に席を立つ。
それがキヨノの毎日のルーチンワークになりつつあった。
休み時間はトイレに、昼休みは温室という名の秘密の隠れ場に避難する。
キヨノは学園生活において、ヒロインや攻略対象と、授業以外の接触を避けるべく必死で行動していた。
騎士学科には2学年含めて、キヨノしか女子生徒はいない。
そのため、騎士学科のある棟に女子トイレは一箇所しかないのだが、言い換えれば、トイレに逃げ込めばキヨノは一人の空間を確保できるということなるのである。
幸い、この世界のトイレは、さすが貴族の令嬢と令息が通う学校のトイレと言うべきか、とても清潔で美しい。
パウダールームを完備していてとてもくつろげる空間なのだ。
日本製のゲームだから、電気もあるし水道もある、とてもご都合主義的な仕様。
このような設定にしてくれたことだけは、シナリオライターの滋子に感謝感謝である。
入学から3ヶ月が経過する今、ヒロインであるナナミンは魔法学科でその可愛らしさを振り撒いていることがわかった。
その実力と評判は騎士学科のキヨノの耳に届くまでになっている。
彼女は平民とはいえ、魅力的な容姿に加えて、確かな魔法の実力を持っているらしい。
そのため、自分達の派閥もしくは家系に優秀な遺伝子を取り込もうと、一部の貴族男子達がナナミンを落としにかかっているらしいのだ。
その群れは、いつしかナナミンファンクラブとも言える様相を呈し始めている。
もちろん、ナナミンが望んで作りだしたものではないのだろう。
しかし、彼女は取り巻きを侍らせるだけでなく、貢がせ、時には足として使うなど、割とやりたい放題のようだ。
こちらはゲームストーリーからは乖離している部分だ。
ついには、その様子を傍観していたらしい、王太子のヒロム·パスウェイや側近のチヒロ·ホークス、リオン·スプリングスにまで粉をかけているらしく、アシゲールを代表とした上位の令嬢達から注意を受けている(隣の席のリオンからのいらぬ情報)。
滋子以外のソックリさん達の名前が、全員、前世と同じ名前であったことはキヨノにとって驚きの事実ではあった。
しかし、そこは"同名でも赤の他人”という絶望設定により、清乃を悪役令嬢化させるための設定の一部なのだろう思っている。
関わらないと決めたのに、ヒロインの動きや、悪役令嬢ムーブをかまし始めたアシゲールの様子が気になって仕方がない。
騎士学科の自分は、このまま知らん顔で2年間を過ごせばいい。
そのためだけに、この3ヶ月間、脇目もふらず剣の腕と魔法の実力を高めることに専念してきたはずだ。
しかし、振り返れば、そのせいで友達の一人もできず、残っているのは手のひらにできた厚い剣ダコと割れた腹筋·固い上腕二頭筋だけだった(悲しすぎる)。
「滋子が断罪されなきゃいいけどなぁ」
いつも通り、昼休みに逃げ込んだ温室で花の絵を描きながら、キヨノはポツリと呟いた。
「君が描いたのか?デッサンが良くできている」
その時、懐かしい低音イケボが耳をくすぐった。
この声をキヨノが聞き違えるはずはない。
愛しいその声に、キヨノの涙腺は一気に緩みそうになる。
「こちらには滅多に人は来ないため油断しておりました。ホークス様がご使用とあらば私は退散いたします」
この3ヶ月、執拗に関わるのを避けてきた。
声を聞いたら、その目に見つめられたら抱きしめずにはいられないだろうから。
「その必要はない。どちらかというと、俺のほうが君の邪魔をしてしまったのだからな。それよりも驚いた。君は俺のことを認識していたのか?」
「氷の宰相候補、チヒロ·ホークス様を知らない者はおりません」
痛い通り名はこの際目を瞑るとして、チヒロ·ホークスは王太子の将来の側近候補であることは間違いない。
現宰相であるホークス公爵の次男で、王子の次に優良物件だ。
もちろん、ヒロインであるナナミンも目をつけていることだろう。
その上、彼の父であるホークス公爵は、現国王の王妹の夫で、優しく知性的なイケオジだと有名な方だ。
現世のチヒロの両親が素敵な人で良かった、とキヨノが人知れず嬉しく思っていたことは内緒だ。
前世の千紘は、不幸な生い立ちだったから。
「君も騎士学科の魔性の男装令嬢として有名だろう。絵の才能まであったとは驚きだったが」
「私はあるものを模写することしかできません。だから才能なんて言えるものはとても···」
「いや、君の絵には暖かさがある。俺は好きだな」
同じ声、同じ表情で微笑まれても、所詮は違う人間。
千紘のようであっても別人、近づきすぎては自分が傷つくのだ。
キヨノは心を抉られながらも、魔性の微笑みとやらを浮かべてチヒロに言った。
「ありがとうございます。ですが、一端の騎士とはいえ、情けなくも絵に癒やされる時間を大切にしているなどと噂が立っては困ります。どうか内密に」
「俺とキヨノ···孃だけの秘密だな。了解した」
前世と同じように、何気なく名前を呼ばれて、鍛えられた胸が悲鳴を上げる。
「···それでは、昼休みが終わりますゆえ」
「また、ここで会えるだろうか?」
チヒロの問いかけにキヨノは答えない。
「縁があれば」
チヒロは千紘ではない。
攻略対象と悪役令嬢が関われば断罪はマストだ。
どちらに転んでも不幸しかもたらさないだろう。
そう、キヨノは繰り返し繰り返し自分に言い聞かせることでしか自分を保てなかった。
なんで前世の記憶なんて持って生まれ変わったのだろう。
なんで、同じ容姿、同じ声の人物がいるのに、それがあの人達ではないのだろう。
キヨノは閉まる温室のドアを背に、涙をこらえて教室までひた走るのだった。