悪役令嬢に転生した元絵師は、異世界でもマイペースを崩さない
「貴方が騎士学科の魔性の男装令嬢、キヨノ様ですか?」
それは、入学後初めて開催される、魔法学科と騎士学科、淑女学科の合同のマナーのレッスン講座での一幕であった。
当初、キヨノは騎士学科に入りさえすれば、攻略対象やヒロインとの遭遇を免れることができるだろうと甘い考えを持っていた。
しかし、同じ学年である以上は、イベントごとの多い学園で、全く接点を持たずに生活ことは不可能であると、薄々勘づき始めた矢先にそれは起こった。
貴族にダンスは必須であるが、生憎騎士学科には女子生徒はキヨノしかいない。
魔法学科は別だが、淑女学科にも男子生徒は存在しないのだ。
となると、考えられる手段は唯1つ。3学科合わせれば男女の比率はきっちり半々。
ならば、みんなまとめて授業をしてしまえ、という荒業に出たのが、このマナー講座が企画されたことの顛末だ。
自分の浅はかさに呆れながら、得意の妄想に逃げ込んで壁際に寄りかかっていたキヨノに話しかけてきたのは、他ならぬヒロイン、ナナミンであったのだ。
「魔性の男装令嬢?大層な通り名に身に覚えはありませんが、いかにも私はキヨノ·エバンスにございます」
学園でなければ、平民から高位の令嬢に話しかけることなどまずない。
しかし、そこは、前世より血筋や家柄で人を判断することを否としているキヨノである。
そのこと自体は大して気にならないが、まるで接点のない自分にヒロインが自ら話しかけたことに、単純に疑問を感じたのは事実である。
「魔性って言われるくらいだから、さぞかし美しい方かと思ったのだけれど、体が大きいだけの···だったのね」
···。そこに入る言葉はキヨノにだけ聞こえるほどの小さな声であった。
“オトコオンナ”
前世でも聞いたその罵倒の言葉は、可愛らしいヒロイン、ナナミンから発せられたとは信じ難いほど悪意がこもって聞こえた。
“オトコオンナ”な見た目は否定しない。実際に男装しているのだから、そう言われても仕方のないことだ。
そのこと自体はスルーしても良かったのだが。
続く言葉に、いつも冷静·ボンヤリなキヨノンの堪忍袋の緒はぷつりと切れた。
「あなた、前世の島崎清乃でしょう?あなたや千紘、滋子のせいで私がどんな目にあったのか忘れたとは言わせないわ。くしくもあなた達全員、この世界に転生しているようだし、ヒロイン力を使って思い切り復讐してあげる」
清乃にだけ聞こえる小さな囁き。
清乃は、隠しもつ“真実の眼”でヒロインナナミンを、じっと見つめる。
真実の眼とは、キヨノに付けられたチート能力の一つで、ヒロインが選択するルートによっては、ヒロインの味方となりその能力を使って真実の愛に導いたりもする。
キヨノは前世の友人達が、現世の目の前の同級生達とは別人であるという事実を知りたくなくて、真実の眼を封印していたのだ。
だが、ヒロインが、あの勘違いお嬢様"東原志津香"である可能性が出てきた以上、真実の眼を使うのをためらっている場合ではない。
結果はビンゴ。
前世でも千紘を侮辱し、滋子や渡瀬のゲーム会社に悪評を立てようとして勝手に消えていった、あの勘違いお嬢様、東原志津香そのものだった。
「まあ、いいわ。あんまりにも可愛らしく愛されヒロインの私に、男装令嬢なんかがかなうわけないのよ」
二次元をバカにし、ブランド志向だけを追い求めていた志津香は、絶対に滋子の作った乙女ゲームをプレイしたことはなかったはずだ。
「取り巻きの中の有力者に私達と同じ転生者がいるの。その人からこのくだらないゲームについて話を聞かせてもらったわ。まあ、私をヒロインに転生させたことだけは評価してあげてもいいわね。お望み通り、あなた達全員を断罪してあげるから。楽しみにしていてね?もちろん、王太子もその取り巻きも纏めて永久にね。オーホッホッホ」
はじめは小さな声で話していたナナミンだったが、段々と声が大きくなり、周囲の生徒にまで話を聞かれていることに気づいていないが、ガン無視だ。
志津香の目的が言葉通りなら、ナナミンが狙うルートは唯一つ。
"魔王ルート"だ。
魔王はかつて遠い昔、人間の王族達に悪として封印された。
人間は己の魔力を使って生活を向上させてきたが、魔族は魔術を使って人間をコントロールしようとしたからだ。
本当は人間をコントロールしようとしたのではなく、魅了を使うことで、愛する人の心を掴もうとしただけなのに···それが魔王の言い分だった。
天涯孤独の魔王さま可哀想。
その悲しみの声に反応した虹の光の魔法使いであるナナミンが、彼の心を開放する。
愛を誓い合った二人は、人間に立ち向かい、すべてが終わったあとに、二人だけの愛の世界を構築するための旅に出るのだ。
それは、裏面、アナザーストーリー。
ヒロインにとってはハッピーエンドでも、人間にとっては最悪のバットエンド。
“二次元では良くても、三次元では全く受容のない、それ闇落ち展開ですから!”
「そんな自分勝手なことが許されるとでも?」
「勝手ですって?前世でも現世でも権力を使って好き勝手してきた人達が何を言うのかしら。力こそすべて。権力が全て。今世で平民として育った私に、貴族の人達はそう教えてくれたのよ。今こそ反撃のときよ。魔王様も復活し準備はできている。馬鹿な子羊達もほぼ全員が私の魅了にかかっているわ。王太子やその取り巻き達だけは何故か陥落しないけど、そのうちに私の魅力にひれ伏すわ。その時こそあなたの大切な人達はギッタンギッタンのバッコンバッコンよ!」
前世よりも多少は冷静さを身に着けたのか、最後は囁くような声で悪態をついたヒロインナナミは、微笑みながら自身の取り巻きの元へ歩いていった。
不覚にも、何も言い返せずに終わったキヨノ。
「ルート選択、そっちだったんか」
これは困った、由々しき事態である。
王太子ルートや宰相、脳筋騎士ルートならその攻略対象に絡む、悪役令嬢の役割だけを回避すれば済む話だった。
しかし、魔王ルートは違う。
魔王が復活したあとも、このゲームに登場する悪役令嬢と攻略対象全員が断罪されなければ、魔王との真実の愛ルートは開放されない。
つまり、ヒロインと魔王の真実の愛の為には、キヨノを始めとした全員の死が必須となるからだ。
それは、入学後初めて開催される、魔法学科と騎士学科、淑女学科の合同のマナーのレッスン講座での一幕であった。
当初、キヨノは騎士学科に入りさえすれば、攻略対象やヒロインとの遭遇を免れることができるだろうと甘い考えを持っていた。
しかし、同じ学年である以上は、イベントごとの多い学園で、全く接点を持たずに生活ことは不可能であると、薄々勘づき始めた矢先にそれは起こった。
貴族にダンスは必須であるが、生憎騎士学科には女子生徒はキヨノしかいない。
魔法学科は別だが、淑女学科にも男子生徒は存在しないのだ。
となると、考えられる手段は唯1つ。3学科合わせれば男女の比率はきっちり半々。
ならば、みんなまとめて授業をしてしまえ、という荒業に出たのが、このマナー講座が企画されたことの顛末だ。
自分の浅はかさに呆れながら、得意の妄想に逃げ込んで壁際に寄りかかっていたキヨノに話しかけてきたのは、他ならぬヒロイン、ナナミンであったのだ。
「魔性の男装令嬢?大層な通り名に身に覚えはありませんが、いかにも私はキヨノ·エバンスにございます」
学園でなければ、平民から高位の令嬢に話しかけることなどまずない。
しかし、そこは、前世より血筋や家柄で人を判断することを否としているキヨノである。
そのこと自体は大して気にならないが、まるで接点のない自分にヒロインが自ら話しかけたことに、単純に疑問を感じたのは事実である。
「魔性って言われるくらいだから、さぞかし美しい方かと思ったのだけれど、体が大きいだけの···だったのね」
···。そこに入る言葉はキヨノにだけ聞こえるほどの小さな声であった。
“オトコオンナ”
前世でも聞いたその罵倒の言葉は、可愛らしいヒロイン、ナナミンから発せられたとは信じ難いほど悪意がこもって聞こえた。
“オトコオンナ”な見た目は否定しない。実際に男装しているのだから、そう言われても仕方のないことだ。
そのこと自体はスルーしても良かったのだが。
続く言葉に、いつも冷静·ボンヤリなキヨノンの堪忍袋の緒はぷつりと切れた。
「あなた、前世の島崎清乃でしょう?あなたや千紘、滋子のせいで私がどんな目にあったのか忘れたとは言わせないわ。くしくもあなた達全員、この世界に転生しているようだし、ヒロイン力を使って思い切り復讐してあげる」
清乃にだけ聞こえる小さな囁き。
清乃は、隠しもつ“真実の眼”でヒロインナナミンを、じっと見つめる。
真実の眼とは、キヨノに付けられたチート能力の一つで、ヒロインが選択するルートによっては、ヒロインの味方となりその能力を使って真実の愛に導いたりもする。
キヨノは前世の友人達が、現世の目の前の同級生達とは別人であるという事実を知りたくなくて、真実の眼を封印していたのだ。
だが、ヒロインが、あの勘違いお嬢様"東原志津香"である可能性が出てきた以上、真実の眼を使うのをためらっている場合ではない。
結果はビンゴ。
前世でも千紘を侮辱し、滋子や渡瀬のゲーム会社に悪評を立てようとして勝手に消えていった、あの勘違いお嬢様、東原志津香そのものだった。
「まあ、いいわ。あんまりにも可愛らしく愛されヒロインの私に、男装令嬢なんかがかなうわけないのよ」
二次元をバカにし、ブランド志向だけを追い求めていた志津香は、絶対に滋子の作った乙女ゲームをプレイしたことはなかったはずだ。
「取り巻きの中の有力者に私達と同じ転生者がいるの。その人からこのくだらないゲームについて話を聞かせてもらったわ。まあ、私をヒロインに転生させたことだけは評価してあげてもいいわね。お望み通り、あなた達全員を断罪してあげるから。楽しみにしていてね?もちろん、王太子もその取り巻きも纏めて永久にね。オーホッホッホ」
はじめは小さな声で話していたナナミンだったが、段々と声が大きくなり、周囲の生徒にまで話を聞かれていることに気づいていないが、ガン無視だ。
志津香の目的が言葉通りなら、ナナミンが狙うルートは唯一つ。
"魔王ルート"だ。
魔王はかつて遠い昔、人間の王族達に悪として封印された。
人間は己の魔力を使って生活を向上させてきたが、魔族は魔術を使って人間をコントロールしようとしたからだ。
本当は人間をコントロールしようとしたのではなく、魅了を使うことで、愛する人の心を掴もうとしただけなのに···それが魔王の言い分だった。
天涯孤独の魔王さま可哀想。
その悲しみの声に反応した虹の光の魔法使いであるナナミンが、彼の心を開放する。
愛を誓い合った二人は、人間に立ち向かい、すべてが終わったあとに、二人だけの愛の世界を構築するための旅に出るのだ。
それは、裏面、アナザーストーリー。
ヒロインにとってはハッピーエンドでも、人間にとっては最悪のバットエンド。
“二次元では良くても、三次元では全く受容のない、それ闇落ち展開ですから!”
「そんな自分勝手なことが許されるとでも?」
「勝手ですって?前世でも現世でも権力を使って好き勝手してきた人達が何を言うのかしら。力こそすべて。権力が全て。今世で平民として育った私に、貴族の人達はそう教えてくれたのよ。今こそ反撃のときよ。魔王様も復活し準備はできている。馬鹿な子羊達もほぼ全員が私の魅了にかかっているわ。王太子やその取り巻き達だけは何故か陥落しないけど、そのうちに私の魅力にひれ伏すわ。その時こそあなたの大切な人達はギッタンギッタンのバッコンバッコンよ!」
前世よりも多少は冷静さを身に着けたのか、最後は囁くような声で悪態をついたヒロインナナミは、微笑みながら自身の取り巻きの元へ歩いていった。
不覚にも、何も言い返せずに終わったキヨノ。
「ルート選択、そっちだったんか」
これは困った、由々しき事態である。
王太子ルートや宰相、脳筋騎士ルートならその攻略対象に絡む、悪役令嬢の役割だけを回避すれば済む話だった。
しかし、魔王ルートは違う。
魔王が復活したあとも、このゲームに登場する悪役令嬢と攻略対象全員が断罪されなければ、魔王との真実の愛ルートは開放されない。
つまり、ヒロインと魔王の真実の愛の為には、キヨノを始めとした全員の死が必須となるからだ。