眠り姫と生贄と命の天秤
眠り姫
「イグニト!」
反射的に手を振るう。炎の帯が矢の光を飲みこみ、騎兵へと走る。
「シンアト」
水が、炎にかみつくように、色を飲みこんでいく。
かたわらのキトエが、くずおれた。
「キトエ!」
キトエが、握っていた左肩の矢を引き抜く。リコは回復の魔法をかけようと手をかざす。
「だめだ」
リコを仰いだキトエの視線が、揺れている。焦点が合っていない。
キトエは左肩に口をつけて、地面へ吐き出した。鈍く赤い血が広がる。
キトエが肩に矢を受けてひざをつくというのがおかしいのだ。遅まきながら理解した。毒の矢か。
「むだだよ」
浄化の魔法を口にしようとした瞬間だった。頭上からの声に右手を向ける。
割れた月を背負った赤髪の男性が、赤い波の紋様の浮かぶ右手を向けて、馬上から笑っていた。
「夕刻はどうも。生贄の魔女と騎士見習い」