眠り姫と生贄と命の天秤
 飛んだときに撃った風で、白煙は直下にいたジヴィードと、あたりを取り囲んでいた数百の兵にまで及んでいた。禁じられた植物の一回の使用量は指先に乗る程度。炎で燃やした瓶の中身は数百回ぶん。それだけの煙を一度に吸いこめば、中毒症状でしばらく動けないはずだ。

 まだ魔力は残っている。キトエを抱きかかえて走れる。できるだけ遠くへ。

 前を向いて、まばらな木々が月明かりに影を落とす荒野を、走った。



 もうどれくらいたっただろう。一時間くらいだろうか? さすがに減ってきた魔力を自然回復させるため、リコは走るのをやめて歩いた。

「リコ……歩く、から」

 キトエは意識を落とさないよう、ずっと必死に目をあけていた。左肩の傷に振動が響いているはずで、どこかで手当てしなければと気持ちがはやる。

「だめ。我慢して」

 あたりは荒野から岩肌が多い地形へ変わっていた。星と月の方角を見ていたので、国境へは回り道になってしまったかもしれないが、少なくとも反対方向には行っていない。月は空のわずかに右へ傾いていて、真夜中だった。

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