眠り姫と生贄と命の天秤

　キトエの背中と腕を、思いきりつかんだ。

　確実に、空気は止まった。男性は薄笑いをやめてあぜんとしているし、キトエも何を言われたか分からない、というふうに呆然としている。

「そ、そうです、よね？」

　キトエの腕を引っ張って、見上げた。『お願い！　合わせて！』と心の中で念じる。キトエは目に見えてうろたえて、視線を泳がせた。当たっている夕焼けで分からないが、多分真っ赤になっている。そんなに動揺されると、気持ちが移ってきて、リコまで頬が熱くなってくる。

「そ、そう、だが人前で言うことでは……」

　一応、愛人の主人役を演じてくれるらしい。

「だからじろじろ見るなって言ってくださったんですよね？　わたしを守るために」

　そうして、リコは男性に向き直る。

「ぶしつけな態度をとってしまって申し訳ありませんでした。主人が、わたしを守るためにやってくださったことですので」

　とんだ猿芝居だという意識はあったが、言葉を差しこむ隙を与えないよう言いきった。主人の行動を謝罪する愛人などいるのだろうかと思ったが、とにかく堂々としているしかない。

「ああ、まあ、うん」