タクシーの中は、静かだった。



小さなラジオの音と無線の音が、さっきまであんなに人通りの多い、にぎやかな場所にいたことを忘れさせる。



運転手さんも、私のただならぬ気配を感じ取ってか、ひとことも話しかけてこない。



背もたれにゆっくりもたれて、大きく息を吐いた。



そういえば、事故の規模とか彼の容態とか、なにも聞いていない。



病院名だけ聞いて、タクシーに飛び乗ったと同時に電話を切ってしまったのだ。



かなり動揺してしまった。



「すぐに行きます」と言ったあと、向こうが何か言おうとしていたみたいだけれど…。



でもかけ直してこないし、意外と軽傷なのかも。



しばらく目を閉じて、呼吸に集中してみると、だんだん気持ちが落ち着いてくるのがわかった。



病院に着いたら、彼の様子を見てすぐにお義母さんに電話しなくちゃ。



入院が必要なら、着替えとか準備もあるから、私の母にも手伝ってもらおう。



街の中心から離れると、道がすいてきた。



窓に打ちつける雨の音が、タクシーのスピードがあがるのに合わせて大きくなる。



私は、その波にのまれて心臓の動きが速くならないように、気を落ち着かせるのに必死だった。





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