冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
車から降り玄関に急ぐ。

昨夜のように外灯は付いている。

先に寝ても良いと自分で言っておきながら、
今宵も香世が出て来てくれる事を心無しか期待してしまう。

鍵を鍵穴に通しながら、
昨日の今日で流石に起きていられなかったか
と、自分を納得させ家へ入る。

靴を脱ぎ、暗い廊下を歩くと居間の襖の隙間から灯が漏れている。

そっと中を覗くと、
部屋の隅に置かれた机の上にうつ伏せになって寝ている姿を見つける。

いつからこの状態なのかと心配しながらそっと近付く。

火鉢の側だがさすがに寒い。
そっと香世の頬を手のひらで撫ぜる。

ハッとする。

頬に涙の跡……。

泣いていたのか?何かあったのだろうか?

涙の跡をそっと指でなぞりながら考える。

女中に何か言われたのか?

このまま寝かせて置く訳にはいかず、
起こす事も憚られる。

抱き上げ部屋に運ぶ事にする。

そっと起こさぬように慎重に体勢を動かし抱き上げる。

カタン。
何かが床に落ちた音、

香世の手から落ちたようだ。

香世の負担にならないようにゆっくりしゃがみ、落ちた物を手探りで探し拾う。

触れた感触は時計のようだ。

香世の手に戻そうとその時計に目をやる。

ハッとする。

これは…男物の時計?

瞬間、
頭が真っ白になり心臓を手掴みで握られたかのようにズキンと痛む。

好いた男が…いる…のか…。

許嫁がいるとか婚約者がいるとかそういう類のものは一応調べた。

横恋慕するつもりは無く、奪い取るつもりも無かった…
誰かと幸せならそれで良いと思っていた。

表だって出てこない恋愛だってある…

時計を握りしめ、香世を抱き上げ部屋に運ぶ。

彼女の幸せはここには無い…。
 
好いた男がいるのなら…
その男の元に帰してやらねばならない。

そう思うのに心が張り裂けそうだ…。

唇を噛み締める。

頭の中は真っ白で上手く働いてくれそうも無い。
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