冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
「良かったぁ…。」

香世は両手で顔を覆い流れ出す涙をひた隠し、走ったせいか肩で息をしている。

「はぁー。心配させないでくださいよ。」
苦笑いしながら前田は2人に近付く。

「すまなかった、心配かけたな…。
怪我をしたのは真壁だ。
俺はなんとも無い。」
正臣は心配そうな顔で香世の様子をひたすら伺う。

そんな様子を前田は横目で見ながら
2人の距離をもどかしく思い、
背中を押してやろうかと思うのだが、
今朝の叱咤激励の手前、
これ以上のお節介は野暮だと考え直す。

正臣に目をやると、
なんとも無いと言いながら、背広を脱いだシャツにはネクタイは無く、返り血と埃で薄汚れている。

激しい戦闘があったのは一目瞭然だ。

「ボス、これ着替えです。
あなたが大丈夫なら俺に用はないので、
車に戻ってます。」 
風呂敷包みを正臣に渡し前田は安堵の表情で背中を向け、玄関に向かって歩き出す。

「ああ、悪いな…前田、ありがとう。」

こう言う時でさえ、
俺のボスはお礼を忘れないのか、と誇らしく思う。

手を上げ後ろ手に振りながら前田は鼻を啜り去って行く。

正臣は香世を近付くの長椅子に誘導し、
隣に座り、ひたすら泣き止むのを見守る。

ズボンのポケットを探るがハンカチは無く…
そういえば、
真壁の怪我の止血の際に使ってしまったんだと思い出す。
< 119 / 279 >

この作品をシェア

pagetop