冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
パカパカ パカパカ パカパカ……
遠くから馬の蹄の音がする。
「そこの人力車、しばし待たれよ!」
その声で、そこにいた誰もが振り返る。
栗毛の馬が2頭、
香世の乗っている人力車目掛けて駆けてくる。
何事だと、門番も仲買人も目を凝らし
その馬に乗る人物を仰ぎ見る。
見れば黒の軍服に身を包んだ男が2人、
土煙をあげながら駆けてきて香世の乗る人力車の前に止まる。
「これはこれは、軍人さんが昼間からこのような場所に何用ですか?」
仲買人はそう言って大袈裟に笑う。
「自分は帝国軍第一部隊所属、
中隊長の真壁聡と申します。
そちらにお見受けするは我中尉殿の許嫁、
樋口香世様でございますね?」
確かに、私は香世だけど…許嫁?
私に許嫁なんて居たかしら?
と香世は首を傾げる。
じっと馬の上から見て来る見ず知らずの軍人を香世も見つめる。
「…はい。私が、樋口香世ですが…。」
戸惑いながら答える。
何かの間違いでは?
許嫁なんて生まれてこの方いた試しがないのだから…。
真壁はホッとした表情をして、
はぁーと息を一息付く。
「良かった間に合って。」
そう言って、馬からヒラリと舞い降りる。
もう1人もそれに従い馬から降りて、
香世に頭を下げてくる。