冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す

「冷やした方がいいですか?」
香世は濡れたハンカチを当てがいそっと握ってくるから、
これはなんの拷問か?
と、思いながらひたすら心を無にして耐え凌ぐ。

耐えられなくなり、そっと手を外す。

「大丈夫だ。
そんな所にいると身体が冷えてしまう。
椅子に座われ。」
半ば命令口調になるが、
ずっとしゃがんでいられるのも忍び無いと横に座らせる。

香世はまだ、心配そうにこちらを見てくるが

「夕飯は何を食べた?」
と、素っ気なく聞く。

「今夜は…お肉の煮物を頂きました。
正臣様は?お夕飯は食べられましたか?」

香世に冷たく当たっていた女中も、
あれから少しずつ歩み寄っているようで、
昨日は手土産の余りを渡したら喜んでくれたと、香世から報告があった。

俺と香世だけの家に3人の女中は多いから、
折を見てタマキ以外は本邸に働きに出そうと考えている。

「そういえば…まだ、夕飯は食べてないな。」
そう香世に告げると、また心配そうな顔を向けてくるから、

「大丈夫だ。そんなに腹は空いてない。」
と、取り繕う。

香世はがさごそと何やら探し始め、
袖の袂や、襟元や、帯の隙間やらに手を入れる。
どうしたのかと見つめていると、
「あった!」
と、嬉しそうな顔をして背中のお太鼓の中から手のひらより小さな紙の包みを出してくる。

そんな所にも仕舞えるのかと、
俺は若干びっくりしながら香世の差し出した
手元を見る。

「キャラメルです。今日、真子ちゃんが持って来てくれました。」
香世が嬉しそうに包みをあけるから、

「何かの手品か?」
と、言いながらキャラメルを手に取る。

香世が、ふふふっと可笑しそうに笑うから、
その笑顔を見て俺は安堵する。

「食べて下さい。少しはお腹の足しになると良いのですけど…。」

「ありがとう。」
おもむろに口に含み、

「甘いな…。」
と、つい言ってしまう。

「正臣様は、もしかして甘い物が苦手ですか?」

「いや、久しぶりにキャラメルを食べたから…。
甘い物は嫌いじゃ無い。
むしろ辛い物の方が苦手かもしれない。」

「そうなんですね。」
香世が、目を細めて嬉しそうに微笑む。

「お酒はあまり飲まれないのですか?」
香世はここぞとばかり、質問をしてくる。

「家では飲まないな。
1人で飲んでも美味しいとは思わないし、
まず酔った事が無いから、弱くは無いが好き好んで飲むわけでも無い。」

「そうなんですね…。」

「香世は?酒は飲んだ事があるのか?」

「いえ、ありません。
父は酒豪でしたけど…私はどうなんでしょうか?」
考えながらそう呟く。

「…外では飲まない方が良いな。」

俺にそんな事を言う権利は無いが…
言ってしまってからそう思う。

「香世は…実家に帰りたいか?
好きに帰ってくれて良いのだぞ。」

朝、前田から言われて気になっていた事をつい口にする。

「えっ⁉︎」
香世がびっくりした顔でこちらを見る。

< 122 / 279 >

この作品をシェア

pagetop