冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
一段高くなった舞台には
舞妓のような衣装の踊り子が数人、 
三味線の音に合わせて踊りを舞っていた。

「あっ…。舞鶴ねぇさん…。」
香世は思わずそう言って正臣の手をぎゅっと握る。

「知り合いか?」

「藤屋でお会いした方です。
とても綺麗な方だったので…。」
香世はそう言ってじっと見つめる。

もしもあの時、
正臣が救い出してくれなかったら
私はあちら側の人間で、決してこちら側には戻って来れなかったのだとしみじみ思う。

「正臣様に合わなかったら、きっと私も
今頃あちら側で踊っていたのかもしれません。」
と、香世は呟く。

「あり得ない。」
正臣が少し咎めるような口調で言って、
香世の手を引き舞台から離れる。

「香世が例え戻りたいと言ってもこの手は絶対離さないからな。」
少し早くなる足取りに、香世もパタパタと着いて行く。

「戻りたいとは決して思いません。
私の考えが浅はかでした。
父に従うだけのこの私の人生を正臣様が変えてくれたのです。
自分で決めて良いと言ってくれたのは、
正臣様が初めてです。凄く感謝しております。」
正臣の足が止まり香世を見る。

「すまない。感情的になった…。」

ぶんぶんと首を横に振る香世の姿を微笑ましく思い、思わず頬を撫でる。

「何が甘い物でも食べるか?あそこに団子屋がある。」

「はい。」
にこりと笑う香世が眩しい。
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