冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
「お待たせ致しました。」

父の前まで歩み寄り、正臣は正座をして向かい合う。
その後ろからおずおずと俯き加減に香世は歩き、正臣に従い隣の少し後ろに正座する。

「何故…この様な席に香世がいる?」

信じられないものを見る顔で父は正臣と香世を交互に見る。

「始めまして、樋口様。
陸軍中尉 二階堂正臣と申します。
本日は、お忙しいところお時間を頂きありがとうございます。」

正臣が、手を付いてお辞儀をする。
香世も真似てお辞儀をする。

「実は、以前より香世殿の事を勝手ながら
お慕い申し上げておりました。
花街に売られると聞き急きょ私の家で匿った次第であります。」

父を見据えハッキリとした口調に堂々とした態度に、香世はつい見惚れてしまう。

苦い顔をした父は香世に冷たい目を向ける。

「お前は親を蔑ろにして何を勝手な事をしているのだ。」
低く響く父の声に香世は怖いと感じ目をつぶる。

「樋口様、お言葉ですが香世殿は何一つ知らなかった事。
自分が強引に連れ帰ったのです。
お叱りを受けるのは寧ろ自分の方です。

そして、願わくば香世殿と正式に婚約させて頂きたく考えております。」

「香世は花街に売ったのだ。
その後どう生きようとわしの預かり知れぬとこだ。勝手してくれて構わない。
むしろ傷ものの娘なぞ貰って二階堂殿は
物好きですな。」
ハハハっと高笑いする父の声が香世の心の傷をえぐる。

香世は泣かぬ様、ただひたすら唇を噛み締める。

「お言葉ですが、自分には勿体無いほど
素晴らしい方だと思っております。
正式に婚約させて頂くべく、こちらから結納の品をと考えておりましたが、
彼女をそのように軽んじるのであれば
いささかこちらとて考えなくてはなりません。」

「ほう。二階堂殿は我が社を手に入れ、
娘も手に入れて私から全て奪うつもりであろうに、結納などと甘い事をお考えか?
貴方と仲良く親戚同士になるつもりは毛頭無い。勝手にしてくれて結構。」

今にも潰れそうな会社も、
家族の事も全て善意で救いの手を差し伸べてくれる正臣に対して、父の余りの言いように香世は恥ずかしく、
そして哀しくなる。

「香世殿の為と思い、貴方の会社の立て直しを考えていたのですが出過ぎた真似をしましたか?
貴方には既に会社を維持する力は無いと判断致しましたが、香世殿の父上だからと思い
会長の座を残して差し上げようと考えていました。不要なら分かりました。
私の好きにさせて頂きます。」

二階堂は冷静に、しかし一歩も引かず香世の父と対等に話す。

「青二才がわしを馬鹿にしてるのか?」
父は自尊心を傷付けられ憤慨し始める。

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