冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
そうこうしているうちに、
仲買人は藤屋の女将を連れて戻って来る。
 
場所を近くの個室のある料亭に移す。

藤屋の女将は部屋に入るなり、

「こっちだってはいそうですかと取りやめる事は出来ないんだよ。香世には大金払ってるんだ。今日から精一杯稼いで貰わないと。」
そう冷たく言い放つ。

「二階堂中尉は、何が何でも連れて帰れと指令を下された。自分はそれに従うのみです。
我々は軍人です。貴方達を人身売買の件で訴える事も出来る事をお忘れ無く。」

真壁も怯む事なく冷静に対応する。

「こっちを訴えれば、この子を売った親だってお咎めになるだろうねぇ。
そしたらこの子は世間の晒し者だ。
女としてそんな惨めな人生は無いだろう。
あんたらの脅しには乗らないよ。」
さすが花街の女将は度胸に知恵も持っている。

真壁はこの手は使えそうに無いなと思う。

「では、取引といきますか。
仲買人には幾ら払ったのですか?
こちらはその倍出しましょう。」
真壁はそう言い放つ。

「ふん。そんな口約束、私ゃ信じないよ。
それに現金交渉は本人が来るってのが筋じゃ無いかい?軍人さん達。」
そう言って、藤屋の女将は立ち上がり香世の腕を掴んで立ち上がらせる。

「行くよ、香世。
お前は今日から働いてもらう。
昔だったら、花魁道中でもして練り歩きたいくらいのべっぴんさんだね。
しかも、この場で怯む事なく平然としてる態度は気に入った。
大物に成れる器だよ。着いて来な。」

ぶっきらぼうにそう香世に向かって言うと、
部屋をサッサと出て行ってしまう。

花は振り返り、正座をして真壁に頭を深く下げる。

「真壁様、縁もゆかりも無い私にここまでして頂き誠にありがとうございました。
私は幸せ者でございます。

しかし、もう充分でございます。
二階堂様にもそうお伝え下さいませ。」
香世は気丈にも真壁に微笑みを向ける。

その眩しい微笑みを真壁達は見惚れて言葉が出ない。

そのうちに香世は立ち上がり、
綺麗な所作で襖を閉めて去って行ってしまった。

「た、隊長!惚けてる場合ではありませんよ。行ってしまわれたではありませんか。
香世様をお連れして帰るのが我々の任務。
このままでは中尉になんて叱られるか…。」

「…分かってる。
今から手立てを考えて花街に入り香世様を奪還しなければ…。
しかし、彼女の意思がこちらに向かぬ限りこの成功は難しいぞ。
一旦立て直して戻って来るぞ。」

真壁は立ち上がり、
馬に跨り急ぎ二階堂のいる本部へ戻る。
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