冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
「で、言われっぱなしでオメオメと尻尾を丸めて帰って来たのか?」
二階堂中尉の低く冷たい声が響く。
ここは、帝国軍司令本部の一室。
会議を終えた二階堂に先程の一部始終を話した真壁は、自分の失態を指摘されて酷く落ち込んだ風にみえる。
「いえ、逃げ帰って来たのではございません。香世様のお美しい笑顔に魅了されてしまい、毒牙が抜けたとでも言うか…
再度戻って必ずや連れて帰って参ります。」
まだ次の手はある。
なのに、香世の笑顔を見た途端、
腑抜けになったとでも言うのか
…不思議と争い事を彼女の前でしてはいけないと、思ってしまったのだ。
それほどまでに澄んだ瞳は、
どこまでも穢れを知らない綺麗さを醸し出していた。
「香世殿に魅了され毒牙を抜かれて
……連れて帰る事を忘れと言うのか?」
二階堂に鋭い目で睨まれる。
「も、申し訳けございません。
確たる上は、金銭交渉が手っ取り早いと思われます。ただ、軍人の格好では花街には入れないのです。
私服に着替え、直ぐにでも救い出して参ります。」
「分かった。もう直ぐ夕刻になる。
花街が始まる前にどんな事をしても香世殿を連れ戻す。俺も一緒に行く。」
二階堂は素早く軍服を脱ぎ、私服であるスリピースに着替え出す。
「正門前、今から10分後に集合だ。」
「はっ!!」
真壁とその部下である酒井は慌てて執務室を出る。
「ま、真壁隊長、
自分は花街に行った事など無いのですが…、どう言った格好をしたら良いのでしょうか?」
軍学校を2年前に卒業したばかりの酒井は、
今年、23歳になったばかりだ。
真面目で頭の回転も早く部下としては扱い易いのだが、幾分真面目過ぎて頭が固い。
「軍服じゃなければ何でもいい。
普通の格好だ、何か持ってないのか?」
「自分は、通勤も軍服の為私服は無く…。
10分では間に合いません。」
「間に合わせるのだ。誰かに背広でも借りて来い。」
酒井はバタバタと慌ただしく去って行く。
真壁はいつ何時必要になってもいいように、
私物の棚には背広を一式用意してある。
それに着替える為、早足で急ぐ。