冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
執務室に戻っても前田からの香世の朗報が届く事はなく、正臣は無心で事務処理を黙々とこなす。
コンコンコン。
お昼過ぎ、正臣の執務室に来客が訪れる。
昼飯も食べずに仕事に没頭していた正臣の手を止める。
「はい、どうぞ。」
コツコツと革靴を鳴らして入って来たのは
父の二階堂大将だった。
入隊してから一度たりとも訪れた事の無かった来客に、正臣も少し心が動く。
「どうなさいましたか、大将殿?」
「…お前はこんなところに居ていいのか?」
言葉少なに父が言う。
「はい?」
何を言いたいのか掴めない正臣は父を見つめる。
「婚約者を放っておいて、
仕事をしていていいのかと言っている。」
「は?
貴方がそのような事を言うとは…驚きですが。」
子供の頃から父親らしい事を言われた事も無かった。
それに、人を愛するなと言う祖父の教え通り、家族に情を示す事もなかった男が今更息子に何を同情するのか?
と、正臣は思う。
「私が持って行く見合い話しを全て断り続けたお前が、樋口香世とは直ぐに夫婦になりたいと言う。
それほど迄に本気の相手を、なぜ放って仕事をしているんだ?」