冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
二階堂 正臣(にかいどう まさおみ)
28歳。背は高く、すらっと伸びた手脚と鍛え上げた屈強な躯体。
剣は師範を持つほどの腕前だ。

見目も良く、
切長の二重にスーッと通った鼻筋、
ぎゅっと結ばれた薄い唇。

彼が通り過ぎると世の中の女子(おなご)
の大半は振り返る。

冷静沈着を絵に描いたようなこの男は、
若くして陸軍第一部隊の近衛兵部隊を率いる。
階級は中尉であり、
20代でこの階級に上り詰めた男は未だかつていなかった。

貴族出身の二階堂家は祖父の代から軍部の一部を担っている。
父は現在大佐を務める軍人一家だ。

その男が今、何を捨てでも切望するのが、
樋口香世なのだ。

真壁は思っていた。
二階堂中尉ほどの男が何故没落令嬢なんかに興味が…?
本人がその気になれば女なんて引くて数多のはずなのに。

しかし、彼女に会ったら分かってしまった。

可愛らしくまだあどけなさを残した顔立ちなのに対し、似合わないほど凛として気高く、
品のある立ち振る舞いに落ち着いた佇まい。

内心驚く。

自分が今にも売られようとしているのに、
落ち着き払っていて顔色一つ変えない。

そして、初めて会った俺にまで敬意や気遣いを見せるその態度に、つい見惚れてしまった。

そのチグハグな雰囲気が逆に目を惹き魅了される。

が、しかし二階堂中尉の許嫁だ。
要らぬ想いを持たぬ様に心を無にする。

車で門を潜り抜け、止められる事なく花街に着いた。

3人は街人の案内で藤屋に入る。

「これはこれは、色男が揃って花街に来られるとは、世間でもより取り見取りでございましょうに。」

背が高く、見目の良い3人が揃って並ぶとそれだけで迫力がある。

「客ではありません。
樋口香世殿を連れ戻しに来ました。
そう女将に伝えて頂きたい。」

真壁が先に立ちそう伝える。

「ああ…貴方達かい。
女将が厄介な客が来るかもと言っていたが…。どうぞ2階へ。」

番頭は遊女を呼び、部屋に案内する様に伝える。

真壁を先頭に、二階堂はその後を一言も発せず、ただ目線だけは鋭く前を見据えている。

最終尾には酒井が、少し恐れ慄きながら着いて行く。
「お兄さん達、カッコいいねぇ。
良かったらあたいと遊んでいかないかい。」

案内の遊女が猫撫で声で、
事もあろうに二階堂へ擦り寄る。

これには、真壁も酒井も慌てて止めに入ろうとするが、一寸早く

「俺に触るな。」

二階堂から氷の様に冷たい声が発せられ、
遊女がビクッとして身を退く。

「いけずだねぇ。花街に何しに来たんだい。香世ちゃんは私の下に入るんだから、
勝手されたら許さないよ。」
遊女はそう言って二階堂を睨む。

「香世殿は俺の許嫁だ。
この様な場所が似合う女では無い。
連れて帰る。」
言葉少なにしかし、はっきりと二階堂は言う。

「今更遅いよ。花街の門を潜ったら、武家の出だろうが、令嬢だろうがみんな同じだ。」
遊女は立ち止まり、一つの部屋の襖を開ける。

「ここで待っていておくんなまし。」
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