冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
「俺が提案したのだ。
時間を気にしなくて済むから泊まって欲しいと。
それよりもタマキが先ほどからソワソワしている。将棋を中断して先に夕食にしよう。」
将棋の側で龍一の世話を焼いていたタマキが立ち上がる。
「そうしましょう。さぁ、龍一坊ちゃんの
ご馳走を運んで参りますよ。」
タマキはそそくさと立ち上がり夕飯の準備に部屋を出る。
龍一も喜んで香世の側に座布団を並べ座り直す。
「私もお手伝いしてきます。」
と、香世が立ち上がろうとするから正臣は慌てて止める。
「今夜は香世の退院祝いなんだから、
何もせず座っていろ。」
正臣に制され、若干申し訳な無さを感じながら頭を下げる。
姉をチラリと見ると、優雅に微笑んでまるで旅館にでも泊まっているかのように、
寛ぎお茶を啜っている。
「少しは姉上を見習うべきだぞ。」
正臣は笑って立ち上がり、
部屋の片隅に置かれた茶道具に向かい
急須を持って香世の為にお茶を注ぎ
目の前の机に置いてくれる。
香世はその一部始終を目を丸くして驚き
正臣をつい見つめてしまう。
それに気付いた正臣は可笑しそうに笑いながら
「以前も驚かれた事があったが、
俺の実家は男所帯だから男が茶を汲むのは当たり前だ。気にしないでくれ。」
香世の家では、父はもちろん姉さえもお茶を淹れないのだから驚いても仕方がない。
「龍一もお茶を飲むか?」
2人はすっかり仲良くなったようで、
正臣に言われて龍一も立ち上がる。
「僕も自分で淹れてみたい。」
嬉しそうに急須に近付きお湯を注ごうとするから、正臣がすかさず手伝いちょっとした作法を教える。
へぇーと感心しながら聞く龍一は、
完全に正臣を受け入れた様子で、
敬語も取れてお喋りに花が咲く。
「香世姉様はお料理も上手なんだ。
正臣様はだし巻き玉子は食べた事ある?
凄く美味しいからおすすめだよ。
後、煮魚もお味噌汁も僕大好き。」
嬉しそうに話す龍一に、
「俺も香世のだし巻き玉子は大好きだ。」
と、正臣も龍一にそう笑いかける。
記憶を失った香世にとって自分が料理をするなんて考えられない事だ。
「私が料理…」
自分の事を言われているのにまるで他人の事の様は不思議な感覚がする。